21.眠れない夜はご注意を
「今日はお疲れだな。うまい物食ってゆっくり休んでくれ。明日は休みにするから好きなことしてくれていいぞ」
そう言ってレイヤが部屋まで送ってくれた。
いつもどおり、軽いお食事と入浴をすませ、大きなベッドに入りながら今日の出来事を振り返る。
挨拶後に、小部屋でまず大地の女神と火の神様がきてくれたっけ。いい感じの夫婦だったな。ちょっと外見上年の差カップルだけど。
「よし!明日はさっそくダリヤ姉さんに会いに行こう」
もうすこし、妊娠のことやここの恋愛観など教えてほしい。
そしてその後は怒涛のごとく、いろんな人が挨拶にきてくれた。正直だれがだれか一度で覚えることができそうにないけど、3人の女神たちは覚えることができたぞ。
愛の女神のビュアスは本当に妖艶という言葉が似合いそうな美女だった。完璧な体つきも私より長身なのでもっとボリュームあるよう感じる。
知恵の女神イザラは隙がまったくないような才女だった。一見怖そうだったけど、話したら一番分かりやすく説明をしてくれた。
花の女神フローラはこんな小さな子がいるんだと驚くほどの美少女だった。14歳ぐらい。もともと精霊だったけど樹木の神がどの精霊よりも可愛がったためか、ある時いきなり女神に変貌したとか・・・。
そんなこともあるんだと感心してしまった。
あと、月の女神がいるらしいけど、会うことはできなかった。残念。
神たちはなにやら熱心にこちらに話しかけてくれたけど、さすがに多すぎてもう一度会わないときちんと覚えられません。
いろんな種類の神がいるんだなあって思うぐらいかな?
商売や泥棒の神までいるのにはびっくりした。
しかし・・・・色々思い出しちゃって眠れない。
身体は疲れたが、やはり人に見られすぎて気が立っているようだ。
「けっこう寝れるほうだと思っていたんだけど・・・・」
どうしよう。こんな夜更けに外散歩するのは駄目だよね・・・。
だれか起きてないかな・・・。
セレーナが気で起きているかどうか分かると言ってたのを思い出して、ちょっと試してみる。
えっと・・・じゃあまずはゼノンでやってみよう。黒だから分かりやすいよね。
眼を閉じて集中しながら探してみる。
・・・・・・
あ、いた!
「でも、起きているかどうかってどうやって調べるのだろう?」
そうだった。それを知らなかったらわかるはずもない。
と、諦めて目を開けた瞬間、黒い瞳のギリシャの彫刻のように整った顔が視界を塞いでいた。
「っ!」
あまりにもびっくりしすぎて声もでない。
「こんばんは。夜這いしに来てくれるとはうれしいですね」
こぶしぐらいの距離しかなかった彼の顔との距離を、さりげなく空ける。
「あ、あれ?」
それによって広がった風景が今まで居た自分の居室と、違うことに気が付いた。シンプルだが大きな寝台。
その上に私と彼は寝そべっていたのだ。
「ゼ、ゼノン・・・。なんで私ここに?」
慌てて起き上がる。何が起こったのかまったくわからない。
「それは私が聞きたいですね。いきなり君が跳んできたのですから」
笑いながらそう言われて思い出す。そういえば、ゼノンが起きているかなあって気を探してて見つけたと思ったら・・・・。
「もしかして、ゼノンの部屋に移動しちゃった?」
よく見ると彼のかっこうは黒が主体のロープだ。寝ようとしていたのだろう。
「ご、ごめん。か、帰るね」
これでは夜這いと言われても仕方ないだろう。なんとか私の部屋を思い出そうとするが、腕をひっぱられて中断させられる。
「いえいえ、歓迎しますよ。夜這いでないなら、どうして来たのか説明して頂けますか?」
黒いオーラを帯びた笑顔でこっちを見る。顔が整っているだけに余計怖い・・・。
蛇に睨まれた蛙のように硬直しながら正直に話す。
「ね、寝れなくてゼノンまだ起きているかなあって気を探したの。で、気が付いたらここに移動しちゃっていて・・・」
ゼノンは説明を聞いてクスクス笑いながら私の肩に手を置いた。
「あいかわらず、無茶しますね~。やっぱりこのまま私の物にしちゃいましょうか」
そこでいきなり視界が反転する。
気が付いたときには天井と私を見下ろすゼノンの顔のアップが見えていた。
ベッドに押し倒されたのだ。
も、もしかして貞操の危機?
「ちょ・・・ちょっと・・・、まってよ。私はそんなつもりで来たのでは・・・」
必死になんとか思いとどまってもらおうと、言葉を探すが見つからない。
「こんな夜更けに、愛しい女性が自分の部屋に跳んで来てくれて、手を出さないほど腰抜けではないのですよ」
お願い!腰抜けでいてください~。
片手で私の肩を押さえつけながら、もう片方で私の顔をゆっくりと撫でている。
あまりにも優しげに触れるその手が、逆に怖い。私を見下ろしている彼の瞳を見ると、それはそれは楽しそうに輝いている。
「あ・・・えーと・・・・」
なにか言おうとするが、顔を触る指が私の唇となぞるように触れていく。
そして自然に彼の顔が近づいてきた。
「!」
気が付いたら彼の顔はふたたび遠のいていた。
でも、唇に感じた柔らかく暖かい感触が残っている。
き・・・キスされちゃった。
呆然としていると身体に感じていた重みがなくなる。
「これで許してあげましょう。本来なら遠慮なく頂いてしまいたいのですが、嫌われたくないですしね」
クスクス笑いながら、私がベッドから立ち上がろうとするのに手を差し伸べてくれる。
だ、だれが手を取るか。
その手を無視してがんばって一人で立ち上がる。
「クス。そういう挑発的な態度が余計に煽っているってわからないのですね」
ゼノンが空振りされた手を戻す。
「眠れないって言ってましたね。じゃあキスを頂いたお礼に特別にこれをあげましょう」
キスはあげたのでなく奪われたのだから!
つい本音でそう言ってしまうと余計に楽しそうに笑いながら、何かを差し出してくる。
なんだろう?
手を出して受け取る。
それは小さな濃い緑の巾着袋だった。なんだろうと触っているとふわっと匂いがする。心が落ち着きそうな森林の香りがする。
あ、匂い袋かな?
「それは眠りの匂い袋ですよ。私の気も入ってますので効果は高いと思います」
なるほど。闇の力が入っているとは寝やすそうだ。
「ありがとう。でも、いきなりのキスは駄目だからね」
私も一応数えるほどだけど経験あるからキスぐらいと思うし、第一それなりに好意を持っている相手だから嫌悪感を感じることはないけど、やっぱり好きになってからしたい。
「おやおや。思ったより冷静ですね。人間のときは除外して女神になってからだれかにされちゃいましたか?初めてを頂きたかったのですが・・・」
顔をふたたび近づけて真剣に聞いてくる。
「や、やってないわよ」
そういうと心のそこからうれしそうな笑顔で見てくる。
だ、だからその笑顔は直視できないのよ。まだ黒い笑顔のほうがましだ。
「それはよかったです。もし肯定されたらやはり大人のキスをさせてもらおうと思ってましたから・・・」
ひ、否定できてよかった!
「さあ。部屋まで送りますよ。もっともここで寝たいと言うなら大歓迎ですけど・・・」
帰ります!ぜったい帰ります!
思いっきり首を左右に振って断る。
結局部屋まで送ってもらい、もらった匂い袋を枕元に置いてベッドに入る。
キスされたことを思い出し逆にしばらくは寝れなかったが、気が付いたら朝になっていた。
なかなか威力のある匂い袋だ。
でも・・・これ見るたびに思い出してしまいそう。
結局、眠れないときだけお世話になろうと、ベッドサイドの机にしまうことにした。
初キスはゼノンになりました。おかしいなぁ、レイヤの予定だったのに・・・。ゼノンがどんどん黒くなる。優しい闇の神の予定が・・・。
前も書いたけど、小説は生き物です。作者の思い通りになりません。そういうところが面白いと開き直っています。