11.光神の回想
サブタイトル・・・レイヤが落ちた瞬間
最初、エダが大切な宝物のように抱きかかえて彼女を連れてきたとき、息をのんでその姿を見た。
服装は見たこともない姿。普通生まれたての神や女神であってもそれを象徴したような色の布を身にまとっている。自分なら金でゼノンなら黒だった。
しかし彼女は最初から白い上着に身体にフィットしたスカート。上着はサイズが合ってないのか今にもボタンがはじけそうだ。
手や足、顔まで無数の小さな傷を負っている。
彼女の気さえ感じなかったら、人間が紛れ込んだとしか思えないだろう。
そう感じなかったからだ。
眠っているにもかかわらず、彼女のまわりには神独特の神気があふれ出ていた。
連れてきた本人にこの状況の説明を聞くしかないだろう。となりのゼノンもそう思ったようで先に質問してくれる。
「エダ。どこで彼女を保護したのですか?」
エダは彼女をそばにあった大きな長いすに寝かせながら答える。その後もこちらをまったく見ず、彼女の髪の毛をなでながら寝顔をじっと見つめていた。
「ぼくの滝だよ。2日ほどあの樹海をさまよっていたみたい」
エダの滝の周りは深い樹海に囲まれている。しかし、神なら生まれたらすぐにこの神殿に飛んできて自分とゼノンに面会を願うはずだ。
ますますわからない。
「レイヤ。彼女の手足をみてください」
そう言われて彼女の手足を見て驚く。もうすでに先ほどまであった傷が全く無くなっているのだ。
「まさか・・・彼女は癒しの女神か・・・」
いくらこの神殿が神の力を強化させるとはいえ、数分でここまで傷を治すことは無い。あるとしたら、それは本人の力によるものだ。と、なると癒しの力を持つ神となる。
人間界が戦に明け暮れるようになってから、レイヤもゼノンも癒しの神を待ち望んでいた。
癒しができないので、けが人が人間界に溢れかえっていたからだ。
自分たちが作りしわが子たちである生物の多くが、けがで苦しんでいる姿に心を痛めていた。戦争をやめさせるべきだと思うが、戦神や自分たちができることはその制御をするぐらいであり、無駄な戦争はいつまでたってもなくならない。
だから、せめて癒しを望んでいた。
その神がとうとう現れたのだ。それも女神として。これで30人目の神だが、女神は彼女を合わせて6人しかいない。今まで5人を争うように男神が求愛してきた。1人は火神が独占している形だが・・・。
レイヤもゼノンも彼女たちにはそれほど興味なく女性も多い精霊で満足していた。子供はほしいが、やはりそれなりに興味持てる相手がよい。
「これはまた、男神が色めきそうな女神だな・・・」
そうつぶやきながら、彼女を見る。眼は閉じられていてわからないが、髪は白金で腰までまっすぐにのびている。顔はずいぶん幼いが、愛の女神に張る美貌だろう。そのくせ身体つきはうつくしい女性のラインを描いている。
彼女の寝顔を見ていると起きている状態をきちんとみてみたいと思わずにいられない。
「眼は右は金で左は薄い紫のオッドアイだったよ。ほんと、綺麗だったよ」
エダが横から説明してくれるが、その表情がいままで見せたことないような笑みを浮かべている。その様子を見るとつい、最初に見たかったなと思ってしまう。オッドアイはそんなにあるわけではないが、別にめずらしいってほどではない。現に戦神もそうだ。なにより自分の象徴である金を帯びているのなら、なおさら見てみたい。
「とりあえず、侍女を選出して着替えさせて部屋で休ませるか。話は起きてからだな」
侍女は2人ほどでいいだろう。俺の系統の精霊の数人に声をかける。
半刻もしないうちに30人近くの精霊が集まってきた。
女しか就けるつもりなかったのに半数が男の精霊。種類も様々だ。
さすが、精霊は気を敏感に感じるな。
おそらく彼女の膨大に溢れる神気に惹かれて呼んでもないのに、侍女を募集するという話をきいてやってきたのだろう。
よく見ると、ゼノンの側近中の側近のセレーナまでいる。精霊にも格があってセレーナは間違いなく上位の力と格を持っている。ここに集まった中で飛びぬけているだろう。
「たくさん集まってもらったけど、とりあえず女性を2人つけるつもりだ。時間がないしこちらで選ばせてもらうぞ」
セレーナを選ばなければ、ゼノンは文句言うだろう。実際、選ばないと角がたつ。まあ彼女なら安心だが。
となるともう1人は当然自分の系統の精霊だ。最初に声かけた4人に眼を配り、最終的に栗色の髪と黒の眼の女の精霊に視線を落とす。最近力をぐんぐん付けてきている成長株であるノアだ。すこし騒がしいところもあるが、セレーナとならバランスがいいだろう。
「じゃあセレーナとノアに頼む」
ノアが飛び跳ねて喜ぶ。残念そうにしている他の精霊には退出を命じて、2人に彼女の世話を頼む。
「白の間が空いていただろうから、そちらで休ませるぞ」
レイヤはそう言って、長いすで寝ている彼女の肩と腰の下に手を入れてそっと抱きかかえる。
豊満な身体つきに反して軽い。
後ろでエダとゼノンが驚きの顔でこっちを見ていたが、気にせずに彼女を抱いたまま瞬間移動した。
それにセレーナとノアもついてくる。
「じゃあ後は2人に任せる」
セレーナに彼女を渡してから先ほどまでいた執務室に戻る。よく考えたらその場で任せればよかった。しかし、あの時はなぜか彼女を抱きかかえて連れて行かなければと思ったのだ。
「おかえり。さあ彼女が眼覚めるまで、業務を少しでも進ませたいので自分の部屋に戻りますよ」
部屋に戻るとゼノンがそう言う。たしかに、眼を覚ましたあとが大変だろうから今の間にできることはやっておくのが得策だ。
「そうだな。じゃあまたあとで」
エダとゼノンが部屋から退出し、その代わりに金色の髪、朱金の眼の身体つきの大きな男が入ってくる。側近であるライだ。
「レイヤ様。よかったですね。待ち望んでいた癒しの女神が現れて」
笑いかけながらそう言う。
「ああ。ただ今の姿がよくわからないがな。しかし、あれはみんな騒ぎ出すだろうな」
今までいた彼女の姿を思い起こしながらそう言う。
「そうですね。精霊たちにとってあの神気は、どこにいても感じれるほど魅力のものですから。神々の間でも、おそらく電光石火で情報が流れているようですし、先ほど来た精霊たちが、おのおの自分の神に報告していると思いますよ」
その様子もすぐに想像つく。自分とてあの神気に強く惹かれるものがあるのだ。精霊たちには甘い蜜のように見えるだろう。
「これでレイヤ様の恋人か妻になってくださればよいのですが・・・」
ライがからかうように笑いながら言う。それに言い返そうとするが、その前に話を続けられる。
「でも、エダ様もゼノン様も興味持たれているようなので、中々手ごわそうですね。もっとも他の神々も見たら興味持たれるでしょうけど」
たしかに。今まであまり女神との恋愛に興味なさそうだった二人が、眠っている彼女を食い入るように見つめていた。
「まあそれはなるようにしかならないさ。子供はほしいけど、気の合わないやつとそういう関係になるつもりはないからな」
話はここまでとばかりに机に積まれていた書類に手をのばした。
!!
しばらく書類の処理に追われていると、突如、気が一瞬大きくゆれた。
彼女が眼をさましたようだ。
しかし、なんでここまで気が不安定なんだろう。いくら神気が強くても普通はここまで垂れ流しではないはずだ。
「悪いがすこし休憩だ。彼女が目覚めた」
早々にライにそう言い、彼女の寝ている部屋に移動する。中は空だった。おそらくエダかゼノンが連れていったのだろう。気を探すとすぐに見つかる。廊下だ。歩いていっているのか。
再び瞬間移動すると、彼女の周りに男の神や精霊が集まっていた。困った表情を浮かべる彼女をゼノンが楽しそうに見ている。
あいつ、この状況を楽しんでやがる。
「おまえたち。彼女は生まれたばかりなんだから、あまり大人数で近寄るんではないよ。とりあえず、ゼ
ノンとエダと俺で話してからにしなさい」
思わずそう言ったとたん、すべての視線が自分に集中する。
!!
そのとき初めて彼女の眼をみた。
エダが言ってた通り、オッドアイだ。右眼は鮮やかな金、左は薄い紫。すこしたれ眼がちなために眠っていたときより幼い顔つきになる。だが驚いたのは色でなくその眼光だ。
優しい顔だちなのに眼ははっきりとした意思を持った輝きをしている。寝ていたときと印象がまったく異なっていた。
やはり彼女は癒しの女神だ。それは神としての感覚で感じ取った。
エダの部屋で事情をゼノンから聞き納得する。
人間の記憶がある?
それも異次元の人間だ。
この不安定な気はそのせいだ。
これから永久に近い生活を神として送らなければならない。神はただ施しを与えたら良いってものではない。時として無慈悲に罰せなければならないのだ。異次元とはいえ限りある生を送っていた彼女には酷なはなしだろう。
それなら記憶を封印してしまったほうがいいだろう。
彼女は今まで素直に話を聞いていたのに、それに対しては断固拒否という形をとる。30年人間として生きてきていたら仕方がないか。またすぐに封印してくれと言うはずだから、それまでは好きにさせておこう。
そのときはそう思っていた。
しかし翌日その考えは大きくかわる。
女神として生まれると同時にできる気の感じ方と気の制御を教えると、一瞬でできるようになった。やはりいくら人間としての記憶が邪魔していても神は神だ。
そう言うと彼女は大きく眼を開き、しばらくこちらを見る。そして、両目から一筋の涙をこぼす。自分でも泣いているのが分かってない様子だ。
なんで泣くのかわからないが、気が付いたら彼女を抱きしめていた。涙をとめてやりたいと強く思う。
理由を聞くと人間としての人生の終わりを感じたのだと言う。簡単に神の能力を使えたことで女神としての自覚がでてきた反面、橘風香がいなくなると。
本来であればこんな悲しみを彼女は背負う必要なかったのだ。
そう思っていたが彼女は否定する。
「大丈夫。正直癒しの女神が何をするのか分かってないよ。でももしかしたらこの記憶が、人間の世界に関わっていくためには必要なのかも。さっきゼノンに人間の天空に連れて行ってもらったときにそう感じたんだ」
彼女のこの言葉に衝撃を受けた。
そのような考え方をしたことがなかった。
この時、自分にとって彼女が癒しの女神からフウカという特別な存在へと変貌を遂げたのだ。
辛かったら記憶を消してやるといったが、本当にそんな時がくれば自分は迷うことなくしてやれるだろうか。 なぜなら人間としての記憶を持ち合わさせたフウカに、自分はどんどん惹かれていっているのだから・・・。