筆箱、飛んだ
「そ、それじゃあ次の問題に行くよ……?え〜っと、皆、2ページに戻って……問三だね……」
斎藤は教科書に視線を落とした。
そこに書かれていた問題を見て、背筋がゾッとした。
(この問題は……飛ばした方がいいかもしれない……)
一瞬、そう思った。
しかし、頭が混乱している今、手順通りに授業を進めることしか考えられなかった。
心の奥で「なんで引っ掛け問題が三問も続くんだよ……バランス悪すぎだろ」と感じながらも、
斎藤は問題文を読み上げてしまった。
「問三……原動機付自転車は公道で50km以上で走ってはいけない。さぁ、この問題は◯か✕か……?」
教室が一瞬、静まり返った。
「はい、じゃあ、この問題◯と思う人……?」
斎藤がそう言うと生徒達全員が、ほとんど迷わず右手を高く挙げた。
「流石にこれは◯でしょ!?」
「50キロ以上って危ないじゃん!」
「そんなのジェットコースターだよね!?」
生徒たちは隣の席の子と興奮気味に話し合い始めている。
斎藤は内心で怯えながらも、なんとか声を絞り出した。
「え〜っと……皆、残念……この問題の答えは✕なんだ……」
その言葉が落ちた瞬間、教室中の視線が斎藤に突き刺さった。
斎藤は気づかないふりをして、慌ててページをめくり、解説を読み上げ始めた。
「こ、これもさっきの問題と同じだね。原動機付自転車……の制限速度は30kmで……」
だが、言葉が言い終わる前に鋭い衝撃が、斎藤の左側頭部に走った。
遅れて、男子生徒の怒鳴り声が響いた。
「お前、いい加減にしやがれよ!?」
投げつけられた筆箱が、斎藤の頭に直撃したのだ。
教室が一瞬、凍りついた。
斎藤は思わず頭を押さえ、よろめいた。
痛みより、驚きの方が大きかった。
次の瞬間ーー
「もう嫌だ!」「いい加減にしろよ!」「先生、ふざけんなよ!」
あちこちから怒りの声が爆発した。
筆箱が一つ飛んだことが合図だったかのように、教室の空気が完全に変わった。
後ろの席の何人かが立ち上がり、机を叩く音が響く。
明らかに「我慢の限界」を超えた気配が教室全体に広がっていた。




