◯だと思ったのに✕
斎藤慎二は教壇に上がり、6年2組の教室をゆっくりと見渡した。
三十八歳のベテラン教官にとって、この光景はまだ少し新鮮だった。黒板の横に「道路交通法」と書かれた時間割。机に並ぶ小さな体とキラキラした目。教習所の大人達とは、明らかに空気が違う。
「さぁ、それでは道路交通法の授業を始めようか」
彼はいつもの爽やかな笑顔を浮かべ、声を張った。
「みんな、もう少しずつ覚えてきてるはずだよね。今日は過去問をやってみよう。赤い教科書の2ページを開いて。これは2026年……ちょうど二年前の過去問だよ」
ガサガサとページをめくる音が教室に広がる。
斎藤は心の中で小さく苦笑した。
自分はもう四十を目前にしたおじさんなのに、毎週火曜日のこの時間だけは「優しいお兄さんモード」に切り替えないといけない。教習所の生徒相手ならいつもの調子で問題を出せるのに、小学生相手だと少し言葉を選ばないといけないな……
「基本的に問題は○×形式だよ。じゃあ、第一問」
斎藤は教科書を軽く持ち上げ、はっきりとした声で読み上げた。
「第一問。自動車は道路標識を守らなければならない。○か✕か?」
教室が静まり返る。
斎藤はゆっくりと視線を子供達に移した。
「さぁ、◯だと思う人は手を挙げてみようか?」
するとーーほぼ全員が、迷わず右手を高く挙げた。
何人かは自信満々に「◯!」と小さな声で答え、隣の友達と目配せし合っている。
斎藤は穏やかな笑顔のまま、静かに言った。
「あはは、皆、残念だったね。この問題の答えは……✕だよ」
その瞬間、教室が一気にどよめいた。
「えっ、なんでー?」
「標識守らなきゃダメじゃん!」
「先生ウソでしょ!?」
驚きの声や疑問の声があちこちから飛び交う。
何人かの生徒は信じられないという顔で斎藤を見つめ、教科書と先生の顔を交互に見比べている。
斎藤は表情を崩さず、軽く手を挙げて教室を静かにした。




