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魔法省(S.E.D.A)ーー公式の闇組織

作者: 天音 楓
掲載日:2026/01/31

現代日本には、少なからず魔法を使用できる者がいる。

だが、一般人はそれを知らない。

完膚なきまでに報道規制をされているからだ。


そう、この物語の主人公、どう 董平くんぺいも、今はまだその事実を知らない「一般人」のひとりだった。


*放課後・新宿区*


董平はスマートフォンの画面をスクロールしていた。


SNSのトレンドには、つい数分前まで「新宿でビル爆発?」というワードが並んでいたはずだった。


しかし、リロードした瞬間にそれは消え、代わりに「新宿駅付近でガス漏れ。通行人に怪我人なし」という味気ないニュースがトップに躍り出る。


「……消えるの早すぎだろ。てか、ちかくね?」


董平は微かな違和感を覚えるが、深くは考えない。それがこの国の「日常」だからだ。


だけど、この目で見てみたい。彼にとって、これはまたとないチャンスだった。


◇◇魔法省・外局「特異事象対策室(S.E.D.A.)」◇◇


≦新宿S区、地下30メートル地点。指定一級犯罪魔導士、捕捉ロックオン。殺傷術式の展開を確認。災害レベル:『アカ』≫


現場を指揮するすめらぎ 凱将がいしょう大佐は、黒いタクティカルグローブを軋ませ、歪みきった空間の奥を睨みつけた。


そこには、現代物理学を嘲笑うように不規則な幾何学模様を描き、魔法を悪用して周囲を破壊し続けるテロリストがいる模様。


「神代、一般人の避難状況は」


皇の低く重厚な声に、情報制圧官の神代かみしろ れい一尉が、青白く光る網膜投影ディスプレイを操作しながら淡々と応じる。


「周辺半径500メートルの民間人パージ完了。名目は『広域ガス漏れ疑いによる緊急点検』。

誘導員に扮した隠蔽工作員が全員を安全圏へ追い出しました。

ネット上の動画・画像もすべて検閲済み。

今ここでどれだけ派手に撃ち合おうと……公式には『何も起きていない』ことになります」


「結構。――お前ら、全力で叩き潰せ」


背後に並ぶ黒衣の執行官たちは、一糸乱れぬ動作でそれぞれのデバイスを起動させた。


≦『認識障壁』全周展開。現実濃度を固定。これより武力制圧を開始します≧


神代の宣告と共に、空間が重低音を鳴らして震える。


「大佐ァ、レベル『赫』なんて聞いてませんよ。残業代で高級車が買えちまうな。……さて、害獣駆除と行きますか」


不敵な笑みを浮かべるのは、特等執行官の我妻あがつま れん

5人しかいない魔法省の戦力となる1人だ。


「よし、行くぞ!」


「イエス、マスター!」


彼の咆哮が、防壁内の閉鎖空間を震わせる。


一般人が「ガス漏れ」のニュースに安堵し、避難誘導に従って立ち去っているその真下で、彼らは世界の敵を屠るべく、人知れず牙を剥いた。


だが、その「完璧な隔離」の内側に、一人の少年が紛れ込んでいることに、最新鋭の魔導索敵網は最後まで反応しなかった。


◇◇堂 董平◇◇


「……おいおい、爆発したところに来てみたけど、誰もいないじゃんかよ」


SNSにはこの地下鉄の構内って書いてあったんだけどな。

野次馬の一人くらいいると思ったのに、不気味なほど静まり返っている。


来た道を戻ろうとしたその時、背後の闇から声が掛かった。


「……君。S.E.D.A.(セダ)か?」


振り返ると、そこにはボロボロのコートを着た男が立っていた。


男の周囲の空気は、陽炎のようにゆらゆらと歪んでいる。


「おじさん、セダってなに? てか、おじさんもあの爆発を見に来たの?」


「…………」


男は呆然としたように董平を見つめ、やがて自嘲気味に口角を上げた。


「いや、違うよ。……知らないなら、いいや」


男が指先をこちらに向けた瞬間、董平の視界が急速にブラックアウトした。


◇◇S.E.D.A.◇◇


「おい、貴様! その少年から離れろ、人質を解放しろ!」


皇大佐の怒号が地下通路に響き渡る。


突入した執行官たちが目にしたのは、無防備に転がる少年の首筋に、漆黒の術式を突きつける犯罪魔導士の姿だった。


「神代! どうなっている! 市民は全員パージしたはずだろうが!」


「……っ、分かりません! 生体反応、魔力波形、共にロスト! 私のデバイスには、今もそこには『犯人一人しかいない』と表示されています!」


神代の指先が、狂ったようにホログラムを叩く。


最新鋭のセンサーが、目の前に実在する少年を「虚無」だと判定し続けているのだ。


「チッ、機械の故障かよ!」


我妻あがつま れんは苛立ちとともに吐き捨てた。


彼は魔法省が抱えるわずか5人の主戦力の一人だが、その表情には隠しきれない疲労が滲んでいる。


「認識障壁」の内側に一般人が紛れ込むなど、S.E.D.A.設立以来の異常事態である。


「くく……こいつはいい。この『透明なガキ』が何者かは知らんが……お前らも、一般人を巻き込む『正義』は持ち合わせていないだろう?」


犯人の男は、董平の首筋に術式を突き立てたまま、不敵な笑みを浮かべてじりじりと後退する。


「貴様……!」


皇大佐の額に青筋が浮かぶ。一歩間違えれば、魔法の余波がこの「無力な少年」を塵に変えてしまう。


膠着状態が続く中、犯人は追い詰められた獣のように、次々と破壊的な広域術式を撒き散らし始めた。


「死ね! どいつもこいつもまとめて消えちまえ!」


幾何学的な紋章から放たれる漆黒の雷光が、地下通路の壁を削り、空間を震わせる。S.E.D.A.の面々は防御陣を即座に展開し、防戦一方に追い込まれた。


「……クソが。盾を維持するだけで精一杯だ。人質がいなけりゃ、直接叩き込んでやるんだがな!」


我妻が歯噛みする。本来なら広域殲滅魔法で一気にケリをつけたいところだが、この至近距離では少年の命を保証できない。


皇大佐はあえて、魔法を使わぬ物理的な突入を命じる。


「――いまだ。確保!」


皇の鋭い号令が響く。闇に紛れ、足音を消して肉薄していた非魔導の特殊部隊が、魔導士の死角から一斉に飛びかかった。


「なっ、なんだ!? ぐわあぁぁっ!」


男の手首がひねり上げられ、術式が霧散する。


誰もが制圧完了を確信した、その時だった。


「……く、ははっ! 素人に触れられるとは……屈辱だが、これならどうだ!」


犯人の男が、折られた指を無理やり動かし、自身の胸元に刻まれた「緊急脱出用」の術式を強引に起動させた。


「大佐、テレポートの予兆! 阻止が間に合いません!」


「チッ……!」


神代の悲鳴に近い報告。


直後、地下通路に凄まじい発光と耳を突き破るような破砕音が響き渡る。


光が収まったとき、そこには数人の隊員がひっくり返っているだけで、犯人の姿は影も形もなかった。


「……また逃げられたか」


皇大佐が忌々しげに吐き捨て、タクティカルグローブを脱ぎ捨てた。壁を殴りつける我妻が、苛立ちを隠さずに叫ぶ。


「おいおい、冗談じゃねえぞ! これで今月三回目だぞ!? 同じ手食らってんじゃねえよ! 術式の追跡は!?」


「無理です。……座標をランダムに設定されています。検閲ログを辿るだけで朝になりますね」


神代が、疲労の色が濃い顔で網膜投影をオフにした。彼女の目の下には、隠しきれないクマがある。


「やってられねえな……。残業代で高級車どころか、このままだと過労死で高級な棺桶を買う羽目になるぜ」


我妻が肩を回しながら、意識を失ったまま転がっている董平を見下ろした。


「で、大佐。こいつはどうすんだ? 犯人はトンズラ、残ったのは魔法を全く感知しねえ不気味なガキ一人だ」


皇大佐は、意識のない董平を冷徹な目で見つめ、短く指示を出した。


「……とりあえず、この少年は保護する。神代、こいつの『記憶消去』を。終わったら適当な路地裏へ放り出しておけ。我々には一人に構っている暇はない」


「了解……。――えっ?」


神代が董平の額に手をかざし、術式を展開した直後、彼女の顔が驚愕に染まった。


「……大佐。魔法が、効きません……

おそらく潜在魔力量が違います」


現場に嫌な緊張が走る。


ただでさえ人手不足で隠蔽工作が追いついていない中、この「魔法が効かない少年」を野に放てば、魔法省の存在そのものが露見しかねない。


「……予定変更だ」


皇大佐は、意識を失ったままの董平の顔をじっと見つめ、決断を下した。


「この少年を野に放つリスクは無視できん。だが、我々のリソースも限界だ。ならば――こいつを、6人目のスペアとして確保する。本部の特別収容室へ運べ。目覚めた瞬間から、こいつを魔法省の隊員として叩き直す」


「えっ、大佐!? そんな、素性の知れない一般人を……」


「一般人ではない。神代、お前も見たはずだ。我々の『嘘』が効かない人間が、この世には存在する。

それを外に置いておくほど、我々は寛容ではないし……何より、喉から手が出るほど『戦力』が欲しいのも事実だろう?」


撤収作業が迅速に始まる。


意識を失ったままの董平は、救急車ではなく、窓のない黒塗りの装甲輸送車へと積み込まれた。


「……悪いな、坊主。運がなかったと思って諦めな。ま、高級車が買えるくらいの給料は、命と引き換えに保証してやるよ」


我妻の皮肉めいた独り言と共に、車両の重厚なドアが閉まる。


新宿の地下通路には、不自然なほど静かな夜が戻ってきた。明日になれば、ここはただの「ガス漏れ事故のあった場所」として処理される。


ただ一人、日常から永遠に消去された少年の存在を除いて。


◇◇魔法省・特別収容室◇◇


「おはよう、僕!」


真っ白な天井。消毒液の匂い。そして、鼓膜を震わせる明るすぎる声。


重い瞼を押し上げると、そこは見慣れない部屋だった。


そして何より、視界の特等席には一人の女性がいた。


昨夜、ホログラムを叩いていた情報制圧官――神代玲だ。


「……こんにちは、おねぇさん」


董平は寝ぼけ眼で、真っ先に彼女の端正な顔立ちに目を奪われた。


「ひとつ、教えて欲しいんだけど。君、何であのときあそこにいたの?」


神代の瞳は笑っていない。


その圧に押され、董平の脳細胞が急速に昨夜の光景を繋ぎ合わせる。


「あのとき……そういえば、地下鉄に行って……」


やばい。不法侵入だ。


ニュースで見た「ガス漏れ」の現場に勝手に入り込んだ。これ、前科がつくレベルじゃないのか。


「ああ、申し訳ありません! 何でもします! 靴を舐めろって言われたら舐めます! だからどうか、あのこと(不法侵入)だけは勘弁してください!」


必死にベッドの上で土下座する董平。


その姿に、神代は一瞬呆気に取られたように目を丸くし、それから口角を妖しく上げた。


「えっ、……なんでも?」


「は、はい。何でもです……!」


この時、董平が「何でも」という言葉にほんの少しだけエロい想像を混ぜていたのは、若さゆえの事故というべきだろう。


しかし、神代の返答は彼の斜め上を突っ走った。


「そう。じゃあ、君にはここで働いてもらうよ!」


「えっ、働く? 僕が?」


「うん、君が」


話の展開が早すぎて、董平の理解が追いつかない。


「は、はぁ……ちなみに、ここ何のお店はなんですか? ……風俗? 僕、カウンターとかの接客やる感じですか?」


「……は?」


神代の顔が引き攣る。


「君、死にかけた自覚ある? ちなみに……ここをどこだと思ってるの?」


「えっ、あ、すいません。……何のお店なんでしょう?」


神代はふぅ、と溜息をつき、髪をかき上げた。


「ここはね、魔法省。君が昨日見たものは、全部本物よ」


「えっ? 魔法省?」


ちょっと待て、魔法? なになに、このお姉さんふざけてるのか?


いや、もしかして、これって巷で流行りの異世界転移ってやつか!?


「やっほい! 魔法が使えるんですか!?」


ボン!


「ほら、爆発音が聞こえるでしょ」


神代が指先を鳴らすと、小さな火の粉が空間に舞い、鮮やかな炎の輪を描いた。


「おお! すごい。本物だ……。僕も、僕もそれ使いたいっす!」


董平の目が輝く。恐怖よりも好奇心が、そして「自分も特別な存在になれる」という期待が勝った瞬間だった。


それを見逃さず、神代は獲物を追い詰める猟師のような笑みを浮かべる。


「やる気だね。……じゃあ、そのために、ここで働いてくれる?」


「はい! もちろんっす!」


こうして、日本の最高機密機関「魔法省」に、史上最も軽いノリの新人が誕生した。


だけど、このときはまだ知らなかった。

どれだけ過酷で、どれだけ残酷かを。


それが、この国にとっての救いになるのか、それとも最大のバグになるのかはーーまだ、誰にも分からない。

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反響が良ければ、続きを書いてみたいと思います

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