電話の先
オレオレ詐欺vs上品なおばあちゃん
「あ、もしもし?俺だけど、ちょっとさ、お金貸して欲しくて…」
会社がヤバくて…と用意されたマニュアルを少し申し訳なさそうに読み上げると、電話先の知らない婆さんは『あらあら』『大変ね』『どうすれば良い?』と狼狽えながら俺の話を信じ込む。
無知で哀れなババア、200万円の小遣いよろしくでーす。
騙される方が悪い、俺は働いてるだけ。
とんとん拍子に話が進んで思わずニヤけると、ババアから『200万円で足りるの?』とまさかの衝撃発言。
『500万くらいあった方が良いんじゃない?』
おいおい、マジかよ。
今日はラッキーみたいだ、このババア金持ちか。
この取り引きは絶対に失敗したくない。
同じ部屋で仕事をしている周りのしょぼくれた奴らより早く稼いで上に認められて、俺は人生楽に暮らすんだ。
犯罪?ボケたジジババの金を奪って何が悪い?
楽に金が手に入る最高の仕事だ。
俺はババアと受け渡し場所や受け渡し方法の打ち合わせを入念にする。
そう、騙される方が悪いんだ。
『あ、もしもし?俺だけど、ちょっとさ、お金貸して欲しくて…』
「あらあら」
日曜日の昼下がり。
もう年齢も80後半に差し掛かりすっかり悪くなってしまった足を庇いながらお電話に出るとこの一言。
またオレオレ詐欺というやつですね。
最近よくかかって来て困ります。
わたくしはすかさずデスクトップパソコンを起動させました。
何処から電話をかけているのかしら、逆探知しましょうね。
「それは大変ね、どうすれば良いかしら?」
お話を聞きながら電話と繋いでいるパソコン画面に流れて来る電波を分析し、場所の特定を急ぎます。
オレオレ詐欺さんが話をまとめようとしているので、もう少し話を延ばさないといけませんね。
「500万くらいあった方が良いんじゃない?」
やっぱり食らいつきました。
皆さんお金が好きですからね。
受け渡し場所などを話している間にこの方が今何処にいるのかが特定できました。
新宿の…あらあら、安藤さんが所有しているビルじゃないですか。
安藤さんは許可なくご自身のビルでこういった犯罪をされるのはお嫌いだった筈です。
この前は木村さんのビルでしたし、こういう輩がお部屋を巣食うのは困りものですね。
わたくしは安藤さんに連絡をしました。
直ぐに安藤さんから返信が来て、お部屋に“清掃員”を何人か向かわせてくれるそうです。
安藤さんは昔からお仕事が早くて助かります。
わたくしのやる事はもうありません。
電話口の方に最期に申し上げておきましょう。
「わたくしが言うのも何ですが、悪事を働くのであれば、それ相応のご覚悟が必要ですよ。」
それではさようなら、とご挨拶すると受話器の向こうから一瞬間を置いて『はぁ?』と言う間の抜けた声が聞こえました。
次の瞬間、受話器の向こうから突然けたたましくドアが開かれる音、そして何かを叩く大きな音が何回もしました。それと怒号、叫び声。
通話も切れました。
あら、安藤さんからメールです。
お片付けが終わったみたいです。
後は“清掃員”の方達がお部屋を綺麗にしてくれるでしょう。
日曜日の昼下がり。
今日も良い天気です。
数日後、またお電話が来ました。
『もしもし母さん?俺さ、実は借金しちゃって…』
「あらあら」
貴方はご覚悟がおありかしら?
〈終〉