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1.セミのぬけがら

 ぼーっとするのが好きだった。

 縛られるのが嫌だった。


 私の人生は空っぽで、抜け殻みたいだ。


 行き先を決めずにドライブをしていると、海水浴場にたどり着いた。気分転換がしたくて降りてみた。

 海を見ると、学生時代を思い出す。水泳部に入り、ひたすらに泳いでいた高校時代だ。水の中に潜ると、周囲がしんとして自分だけの世界に入れるのが好きだった。無心になって泳いでいると、気がつけば時間が経っている。早く泳ぎたいとか目標があったわけではない。だから、インターハイに出られたわけでもなく、大学は水泳とは関係なく受けた。

 久しぶりに泳ぎたいな、と思った。

 就活のために自己分析をしていたからだろう。

 大学には女子の水泳部はなかったから、泳ぐ機会は減った。その代わりにハマったのがドライブだった。

 どちらも慣れれば無心で移動できるところが気に入った。

 泳いでいる時は手足をひたすらに動かさないと沈んでしまう。最初は難しかったかも知れないが、慣れれば息をするように泳げてしまう。足を動かす。手で水をかく。それを繰り返していたら気がつけば時間が経っている。水から出るとどっと疲れが押し寄せてきて、ご飯が何倍も美味しく感じられた。運転も同じ。慣れればすぐに時間が過ぎてしまう。集中して運転し、気になるお店に入る。降りた時には泳いでる時とは違う精神的な疲れがあって、入ったお店が口に合えば疲れも吹き飛んだ。そうして気がつけば大学四年生。就活を始めるには遅い時期になっていた。


 堤防を歩いていると足元でさくっと音がした。

 見ると、セミのぬけがらを踏んだらしく、茶色い粉が足元に散らばっていた。

 セミのぬけがら、就活で自分のことをそう表現したくなったのを思い出す。

 ”学生時代に努力したことを教えてください。”

 先日の面接で受けた質問だ。努力ってなんだろう。長時間泳げること? 車が運転出来ること? どれもくだらないように感じて答えられなかった。

 私はセミのぬけがらのような人間だ。中身がない。


 思い返していると無性に苛立ってセミのぬけがらをもう一度踏み潰した。サクっという音が心地よい。私は何度も足を振りおろした。

 ふと、視線を感じた。顔を上げると、小学校低学年ぐらいの女の子が両手にセミのぬけがらを持って固まっていた。麦わら帽子に隠れて顔は見えないが、じっと私の足元を見つめている。

「もしかして、集めてた?」

 女の子が勢いよく私を見た。大きな瞳に涙をため、唇が震えている。集めていたのは明らかだった。

「お詫びに手伝うよ」

 女の子は返事をせずに堤防の上にセミのぬけがらを置いた。怯えて足が震えているのか、歩き方がおぼつかない。私は運転で凝り固まった肩を解すように周囲を見渡した。セミのぬけがらはどこにあるだろう。

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