第八十五話《逆境の来寇二重螺旋の戦場》
結界が塗り替えられた瞬間、戦場は一息ついたかのように静まり返った。
しかしその静寂は、嵐の前の呼吸に過ぎなかった。
轟音。
逆側の空間が、不自然に裂ける。
亀裂の向こうから、重く粘りつく妖気が溢れ出す。
《アカシア》の咆哮に呼応するかのように、新たな妖怪群が現れたのだ。
「ちっ……こっちの番が来たか」
ヨハンが低く呟き、拳を構える。
すぅしぃは穴子を肩に担ぎ、口元に笑みを浮かべた。
「へっ、いいじゃねぇか。二の皿が出てくるなんざ、粋な計らいじゃねぇの。まとめて握ってやらぁ!」
苺瀬れなが、盾を強く構える。
新手の妖怪は、形すら曖昧な**群体構造**。
かつて《文法結界》の外で淘汰されたはずの断片的存在が、まるで残飯を漁るかのように再集合している。
「……この数は、さすがに無視できない」
れなの声には焦りはない。だがその瞳には、冷徹な決断が宿っていた。
アヴェルが警告フラグを展開する。
「識別不能群体。多数の低位妖怪構造が連結し、ひとつの『領域災厄』として侵入中。
放置すれば、《アカシア》と同調する可能性大」
「ったく、こちとらメインディッシュで手一杯だってのによ……!」
すぅしぃが江戸っ子らしく毒づく。
「だけどよ、こんなやつら、負けたら洒落にもならねぇ。ヨハン、れな、覚悟決めろ!」
その瞬間、逆側からの妖怪群が、怒涛のごとく押し寄せた。
黒炎を纏う《アカシア》と、亀裂から溢れる群体妖怪。
二重螺旋のように戦場を侵食し、選ばれし者たちを呑み込もうとする。
戦いは、さらに苛烈さを増していく。