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第八十二話《居場所なき者に、牙はある》

 振動の中から、その本体が立ち上がった。


 空間を撓ませる黒炎の纏い。物理と霊的干渉の境界に存在してしまったもの。

 名を持たぬ。名を与えられてはならない。

 仮初のコードは、《餓鬼型・シキベツバグ》。


 分類上は幽魅型妖怪構造体。

 だが、内部には明確な兵器階層が存在する。

 個体ではなく、環境に属する呪いそのものが、今ここに形を持った。


「警告。この型は近代化以前の記録体系で運用されている。精神汚染の可能性あり」


 アヴェルが即座に警告フラグを展開し、周囲の情報干渉を抑制する。


 だが既に遅い。

 目視しただけで、苺瀬れなの内側に奇妙な旋律が入り込んできた。


「聞こえる……歌……? ちがう、これ……ちがう……!」


 頭を抱えるれな。その耳元で、Fairy Taleが旋律を挿し込むように歌う。

 バフではない。

 対抗干渉音 

 精神の上書きだ。


「意識、私が引く。ヨハン、抑えて」


「了解。出ろ、行くぞ」


 ヨハンの一歩は、体勢維持ではなく、殴打による波形再調整。

 《餓鬼型》の干渉軌跡に対して、彼の一撃は正面から「ここは現実だ」と主張した。


 アマ研の上空結界に軋みが走る。


「想定以上ですね。あれは魂の飢えです。仮初の意志では貫通される」


 晴明の呟きに、すぅしぃが反応を返す。

「だが、あの三人はもう仮初じゃない。だから立ってる」


 現に苺瀬れなが再び盾を前に出す。

 Fairy Taleの旋律が“記憶”の深層に触れたことにより、内部から安定を取り戻した。

 ヨハンが彼女を後方から支え、視線だけで呼吸を合わせる。


「どうする、アマ研」

 テスラが言う。目の前の異常体に対し、選別では追いつかないことは明らかだった。


 アヴェルが一歩前に出る。


「戦力としてではなく意志保持者として、彼らを含める」


 その判断が下された瞬間、結界の文法が書き換えられる。


 苺瀬れなに、《選別の鍵》が配布される。

 フェアリーテイルの旋律に、アマ研フォーマットのコードが同期する。

 ヨハンの生体パターンが、防衛サブルーチンへと接続される。


 選ばれなかった者たちが、戦場の構成因子となった。


 《シキベツバグ》が口を開く。

 言葉ではない、飢えそのものを意味する声。


 応答するように、すぅしぃが穴子を掲げる。


「主語もなく、目的もなく、ただ喰らうだけか。だったらお前はここにいる資格がない」


 切断。


 境界ごと断ち割られた視界の中で、苺瀬れなが咆哮する。


「わたしたちの場所、これ以上……壊させない!!」


 声に応えるように、音が走る。光が巻く。

 戦場が、ようやく三人の名前を覚えた。

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