第八十一話《選別の狭間、揺れる意志》
苺瀬れなの《イチゴシールド》が再び揺れる。空間を断ち割る穴子の一撃は、直撃を逸れてなお、周囲の熱と空圧で全身のバランスを狂わせる威力を持っていた。
Fairy Taleはかすれた声で旋律をつなぐ。途切れがちな回復バフがれなとヨハンに断続的に作用し、表情にわずかな血色が戻る。それでも、体の奥に焼き付いた“恐怖”だけは、容易には剥がれない。
アマ研はその様子を、静かに一歩引いた位置から見下ろしていた。
狩るか、育てるかこの戦場における選別は、まだ終わっていない。
ヨハンが、意識の底から自分を掘り起こすように立ち上がる。
膝を押さえ、震える筋肉を無理やり駆動させながら、背中に残った雷の痕をものともせず。
「まだ……やれる」
その言葉に反応したのは安倍晴明だった。式神の一体がひときわ低く唸り、周囲の脈動パターンが変化する。
恐怖を越えて立ち上がったという観測情報は、再生型の個体において戦術評価を一段階引き上げる要素となる。
アマ研内の判定が、静かに一段階、上昇した。
苺瀬れなが前へ出る。脚は震え、声もかすれている。それでも、立った。
「怖いよ……でも、私、誰かを守るために来たの。だから、逃げない」
その言葉に、Fairy Taleが短い旋律を添える。
戦意でも戦術でもない。ただ意志の共鳴三人の唯一の共通項が、そこにあった。
アマ研がそれを見逃すはずがない。
掌の選別デバイス《選別の鍵》が、微かに発光する。対象が「ただの観察対象」から、「一定の利用価値を持つ資源」へとステージを変えた証。
重力が変調する。区画内のベクトルがわずかにねじれ、構造が静かに再定義される。
苺瀬れながふらつき、ヨハンが反射的に彼女を支える。
Fairy Taleはマイクを前へと突き出し、音波で空間軸の揺れを打ち消そうとする。
その一連の反応が、式神を通して晴明へ伝達される。
応答、即時。
アマ研は、三人のステータスを「観察対象」から「暫定的協力候補」へ変更した。
だが、それが生存を保証するものではない。
「意志は識別された。次に見るのは、結果だ」
誰も返事はしなかった。返せる余裕もない。
アマ研が動く。
すぅしぃが、空間を断った穴子を肩に担ぎ直す。式神が無音で布陣を描き、感知スキルが再展開される。
苺瀬れなの震えが止まる。ヨハンが呼吸を整え、Fairy Taleが旋律のテンポを切り替える。
次の瞬間地鳴り。
区画の奥、結界の外周から“明確な敵意”を持つ存在の接近が観測された。
アマ研は即座に陣形を切り替える。
三人は、仲間として迎えられてはいない。だが、まだ排除もされていない。
この隔離領域で、居場所は与えられない。
奪うものだ。
そしていま、
真に選ばれる者が誰かその証明が始まる。