第七十八話 《黒狐の名は龍我共鳴する呪と進化の刻》
封印陣の中心で、禍々しい影が脈打っていた。九尾の妖力と切り離された“それ”は、呪と怨嗟の澱が凝り固まった、黒き獣の残滓。
やがて、それは異形の狐の姿となって這い出た。毛並みは墨のように黒く、眼には炎のような紅が揺れていた。
「……暴れることしか、命ぜられておらぬようじゃな」
琴吹神楽は静かに、しかし確かな威圧を纏ってその姿を見据える。黒狐の動きには知性が欠けている。破壊と殺戮、ただそれのみが組み込まれた呪詛の命令。それは式神にも似た“つくられた存在”の性質を持っていた。
「呪いの根は、深うござんす……しかも、これは和の気配にあらず。悪魔の禁術と、蠱毒や狗神の呪いが混ざり合うておる……異国と在来の闇がまじりあいし毒性じゃな」
黒狐は咆哮し、封印陣の縁を牙で砕こうと暴れ狂う。だが、琴吹神楽は一歩前に出て、右手を印に重ね、左手を掲げて語りかける。
「さすれば妾が、名を与えてやろう。そなたの呪いの生を、妖の理へと導く名龍我と名乗るがよい」
その瞬間、陣の内で風が巻き、黒狐の姿が溶けるように変わった。爪は手となり、獣毛は黒い衣となり、二足の姿へと整えられていく。
現れたのは、しなやかな筋肉を備えた青年の姿。狐の耳を残したまま、仮面のように整った顔つきと、まだ警戒の色を残す目が静かに神楽を見つめた。
「お前は……我に名を、与えたのか……?」
「そなたの命、妾が責を負おうぞ。さりとて、妾の目が届くうちに暴れ狂うがよい。それすらも愛らしき、そなたの個性と致そう」
睨みを利かせていた小狐丸が一歩下がり、刀に添えていた手を外す。
龍我の動きには理性が戻りつつあり、制御の効いた身振りに変わっていた。その様子に、安倍晴明とアマ研小隊も安堵の色を浮かべた。
「……君は運が良いな。リアリティズムとは、誰かを殺して進むことが是とされる地だ。だが、君の暴力性を琴吹神楽が許容するというのなら、我らも口は挟まぬ」
「わたしたちは封印や呪いの専門家ではない。だけど、彼女と晴明殿がいるなら、何が来ても大丈夫だと思えたんだ」
アマ研小隊はバフや対戦術を戦場に設置しつつも、術式そのものは琴吹神楽と晴明に任せていた。
安倍晴明もまた、神楽の傍らに立ち、異形の存在に目を細めている。
「晴明どのも……当分は妾の手足となっていただく。異論はございませぬな?」
「構わぬ。おぬしと手を組む因縁も、いずれ清算せねばなるまい」
にこりともせずに交わされる古き因縁のやり取りも、今は静かな均衡の中にある。
そして
再開まで残り一日。
龍我という新たな力を得たアマ研小隊は、戦力の急伸を実感しつつあった。
殺伐とした戦場でなお、メンバー全員の士気は高く、穏やかな連帯が空気を包んでいた。