第七十七話 《式神契約 - 闇を裂く魂の調べ》
封印陣の内側に、黒い闇がゆっくりと渦巻いていた。その胎動は生々しく、まるで生き物が息をしているかのようだった。
琴吹神楽は静かにその場に立ち尽くしていた。目を細め、手元に広がる緋色の光を見つめながら、内に秘めた力を感じ取る。
「……この場は、しっとりと静まり返っておすなぁ。それでも、この気配ただ事やない」
その声は艶やかで品がありつつも、微かに鋭さが滲む。対する安倍晴明は、掌で緩やかに印を結びながら、横目で神楽を一瞥し、静かに口を開いた。
「これなぁ、影や暗闇やと思たらアカンで。これ、魂や。おまはんにこの魂と向き合う覚悟、ほんまにあるんかいな?」
その口調は穏やかでありながら、どこか底知れぬ深みを秘めていた。神楽は唇を引き締め、視線を鋭く闇の中央へと向けた。
「ふふ……ほんに、お戯れどすなぁ。覚悟が足りぬように見えるんやったら、どうぞお試しになったらよろしゅうおすえ」
わずかな微笑を浮かべつつも、瞳の奥には決して揺るがぬ意志が宿る。
晴明は少しだけ肩をすくめ、静かな笑みを浮かべながらも声を低めた。
「まあ、やれるんなら見せてもろたらええわ。けどな、迷った瞬間あっという間に飲み込まれるで」
その言葉に応えるように、神楽は背筋を伸ばし、両手を緩やかに天へとかざした。
「迷うて、逃げるような真似、いたしません。それがわっちの流儀どすえ」
突然、封印陣の中央が光を放ち、渦巻いていた闇が生々しい形を取り始めた。それは亡者たちの怨嗟と、かつて喰われた者たちの記憶が塊となって現れたものであった。
神楽の目が細まり、その姿を見据えた。
「これが……九尾の影に吸い取られた、無念たちの声どすなぁ。けど、それだけやおへん。この奥、まだ何か」
その言葉が途切れると同時に、闇の中から低く響く声が漏れた。
「……遅かったな」
その響きは低く、どこか懐かしいような気配を孕んでいた。神楽と晴明はその一言に息を呑む。
晴明は少し笑みを浮かべつつも、その声に慎重な気配を漂わせた。
「ほほう……これはほんに厄介なもんが残っとるみたいやなぁ。けど、それがほんまに九尾そのもんかどうか、見極めんのが筋やろな」
神楽も静かに頷き、決意を込めた声で応えた。
「もし、あのお方がまだこの世に未練を残してはるのやったら……わっち、この手で確かめさせてもらいますえ」
二人の術式が光となり、封印陣を包み込む。闇の胎動が一瞬沈黙するも、その奥に新たな気配が漂い始めた。