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第七十五話《新しき力の輝き 狐尾と霊精の軌跡》

 ROOM内には、世界のすべてが息を潜めたような静寂が広がっていた。封印が完成したその瞬間、空間そのものが深い眠りについたかのように、気配という気配が凪いでいた。


 ただ一つ、中心に膝をつく琴吹神楽の呼吸だけが、微かに静寂を揺らしていた。彼女の衣は揺れず、髪は一筋の風にも触れない。だがその胸中は、決して凪いでなどいなかった。


「……このままでは、また同じことの繰り返しになる」


 呟きは、誰に向けたものでもない。しかしその響きは、まるで時空そのものに問いかけるかのように、ROOM全体へと波紋のように広がっていった。


 神楽の視線の先、封印の術陣に伏す安倍晴明の身体からは、まだ微かに妖力の余波が滲み出ている。その気配は、まるで中に宿した九尾の尾たちが眠りを拒むかのような、無言の抵抗だった。


「九尾……元はただの化け狐。力は尾に宿る。妾がその三尾を引き受ければ、再封印は可能。されど……」


 神楽の背に揺れる尾が増えていた。かつての二尾に、新たに三尾が加わり、五尾となったその姿は、圧倒的な妖の威容と神格を兼ね備えていた。だがそれは、神楽にとって決して誇るべき姿ではない。むしろ、己が魂にさらなる負担を課すための覚悟の証だった。


「晴明が六尾も抱えては……彼とて、完全なる掌握は困難にござりましょう。いずれ暴走の種ともなりましょう」


 神楽はそっと手を伸ばし、静かに晴明の胸元へと指先を添えた。精緻な術式を重ねながら、封印の奥深くに潜む二尾を選び出し、慎重に、しかし迷いなく引き剥がしていく。術者にとっては命を削るような繊細な操作。それでも神楽の動きに一寸の揺らぎはなかった。


 やがて


 空間が微かに震えた。風も音もないROOMの中で、光が生まれる。淡く、優しく、しかし確かな存在を携えて。


 そこに現れたのは、一匹の小さな狐だった。かつての九尾の禍々しさとは一線を画す、純白の毛並みに包まれたその姿。尾は二股に分かれ、黄金の瞳はまっすぐに神楽を見つめていた。


 その気配は、妖というよりも、むしろ霊。邪気は微塵もなく、浄化された霊精としての“核”だけが、その中に宿っていた。


 狐はそろそろと神楽のもとへ歩み寄ると、その身体がふわりと光に包まれ、次の瞬間


 一人の少年へと姿を変えた。


 年端もいかぬその少年の腰には、小振りながら見事な刀が佩かれている。白い衣に銀の飾緒、そして肩にかかる尾のような意匠。どこか神聖で、だが親しみ深い佇まいを感じさせる。


「琴吹様。どうか、傍に置いてください」


 その声音には、かつての九尾からは想像もできないほどの、無垢な忠誠心が宿っていた。それは魂の核が新たな意志を得て、この世に再誕した証だった。


 神楽はその言葉に、どこか切なげな微笑を浮かべた。差し伸べられた小さな手を、ゆっくりと取る。


「よう申した、小狐丸。妾の眷属として、守り手となってくれ。そして妾がその力を要す時共に刃を振るうがよい」


「はい」


 少年は深く頷き、腰の刀の柄をしっかりと握り直した。


 その刀を神楽が鑑定すると、名は小狐丸。霊刀として伝説に残るその名は、まさに彼の魂の延長であり、彼自身の真なる名であった。神楽が今、傍らに得たのは、単なる妖の残滓ではない。意思を持ち、主に忠誠を誓う、真なる霊精の従者である。


 その姿は、九尾という災厄が新たなかたちで救済された証であり、同時に未来へと続く希望の光でもあった。


 一方で、深き眠りにある晴明は、なおも微かにその力をROOM内に放ち続けている。まるでその眠りが、次なる戦いへの予兆であるかのように。


 神楽は静かに振り返り、ROOMの空気に語りかけるように呟いた。


「新しき力は、ようやく芽吹いたばかり……されど、花を咲かせるも、散らせるも、この世の理よ。妾とて、踊り続けねばなりますまい」


 光と闇、妖と人、霊精と封印。すべてが交錯するこの地で、新たな伝説の序章が、いま静かに幕を開けた。

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