第七十四話 《封印深層釣出作戦 共振する魂たち》
ROOMの照明が落とされ、静かに灯された符術灯だけが闇を照らしていた。中央に浮かぶ霊的ホログラムには、円を描くような波動のうねりが刻まれている。それが深層域
九尾が封じられた領域だった。
「いよいよ、始まりでござんすな」
琴吹神楽が静かに扇子を閉じると、その足元にふわりと、おれんじ色の光が集まりはじめる。彼女の眷属おれんじ
橙色の霊精が現れ、尾を揺らしながら、神楽の命令を待っていた。
「妖力の餌を、釣り針のごとく深層に垂らし申す。くれぐれも……焦って引き揚げてはなりませぬぞ。九尾の牙、餌に掛からねば意味を為さぬゆえ」
その声音には、余裕の裏に張り詰めた緊張があった。
アマ研小隊のメンバーがそれぞれの端末を操作し、神楽の妖力を計測・安定化。最も深く九尾の封印領域に近い座標へ、橙の精霊が妖力の欠片を咥えて潜っていく。
「妖力の強さ、波形安定……誤差なし。これで九尾が反応するはずです」
誰かが囁く。その声は消え入りそうなほど静かだった。
時間だけが流れる。波紋が深層へ沈み込んでいくように、ROOM全体の空間が、見えない圧力で満たされていく。
「……来よったな」
神楽が言葉を発した瞬間、ROOMの空気が震えた。深層の闇から、ぞぶり……と何かが動く音。ホログラム上の波形が一気に乱れ、針が跳ねるような反応が映し出された。
「九尾、食いついた! 今だ、引き揚げる!」
アマ研小隊全員が動く。各々の力結界術、符術、霊力増幅、波動制御が一斉に発動され、深層から九尾の妖力が引きずり出されていく。
だが、それは単なる引き上げではない。重力を逆らい、封印の深さを越えてなお、喰いついた九尾は抵抗を見せる。空間が軋み、ROOMの壁が悲鳴を上げるかのように振動する。
「うちは……まだ重うござんすな。皆々様、力を一つに致しましょうぞ」
神楽の声に、全員の力が一点に集中する。ひとりが出力を上げ、ひとりが流れを調整し、ひとりが霊的干渉を中和する
まるでひとつの命のように、それぞれが連動して動く。
その瞬間。
「今だ……《共振》、発動!」
テスラが叫んだ。
ROOMに放たれた光が、爆発的に膨れ上がる。彼の手から広がる青白い波動は、全員の能力を拾い上げ、共鳴させ、ただの「加算」ではない、「乗算」の加速へと変換した。
二乗、三乗、四乗……
数値に換算できぬ膨大な力が、一点へ集中する。九尾の妖力が暴れ狂い、封印ごと抵抗を示すが、それさえも共振のうねりに吸い込まれ、引き裂かれていく。
「くっ……これが……全員の……!」
アマ研小隊の誰かが歯を食いしばりながら叫んだ。
神楽は扇子を大きく振りぬき、精霊と共に式神を繰り出す。
「妾の式、解き放ち申す……喰い付き申した九尾よ、魂もろとも裁かせて頂きまする!」
九尾の妖力がROOM内に現出する。その影は既に傷つき、引き剥がされ、怒りと恐怖の混合した咆哮をあげていた。
だが、抵抗する力さえも、「共振」に飲み込まれていく。
テスラは呼吸を荒げながら、最後の指示を放った。
「共振、最終段階 転送波動、放出!」
一閃。
巨大な光がROOMを貫き、九尾の影が白く染め上げられていく。
その身を呑まれ、残滓を残すことなく、深層から引きずり出された九尾は、式神の結界内で封じられ、光と共に封印された。
静寂。
誰もが立ち尽くしていた。ROOMの空間は崩壊寸前であったが、直前で安定化され、九尾の波動は完全に途絶していた。
「……これが、《共振》の力……」
誰かが呟いた。
テスラはその場に膝をつき、息を荒げる。
「……ふっ。これで、一週間……俺は使い物にならんぞ……」
ROOMに、ようやく安堵の笑いが洩れ始める。
だが、それはまだ序章に過ぎないことを、誰もが心のどこかで理解していた。