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第七十三話 《霊核交錯 九尾、晴明に宿る刻》

 ROOMの空間がかすかに揺らぎ、灯された光がゆっくりと翳っていく。

 その静寂のなか、テスラが一歩、中央に進み出た。彼の長身は周囲の空気を震わせ、視線を自然と集めていく。


「皆様、状況を整理いたしましょう」


 テスラの声は決して大きくはなかった。けれどその言葉は鋭く、部屋全体に浸透していく。


「晴明殿の内奥に潜む九尾。その正体は、リアリティズムアプリの最奥、開発当初から封じられていたデータ型の“存在”です。無限増殖する再帰型妖力演算体。……それが、今、我々の前に実体化しようとしている」


 アマ研小隊の面々は、一斉に資料を確認し始める。分析結果の中には、かつて討伐されたはずの九尾と酷似した妖力波形が映し出されていた。


「そして、それが再び姿を現した鍵こそ、安倍晴明殿の存在です。かの人物の霊的な器が、九尾にとってあまりにも相性が良すぎた。……いや、都合が良すぎたのです」


 琴吹神楽は、ひらりと扇子を開いた。

 その艶やかな動作と同時に、彼女の瞳が細められる。


「晴明の御身を選り好みしたとは、随分とお目が高うござんすなあ……九尾の御方」


 神楽は扇子越しに微笑を浮かべる。その顔には怒りも憎しみも浮かんでいない。ただし、その言葉には重みがあった。かつて晴明に敗北を喫し、九尾とも深く関わった彼女だからこそ放てる感情だった。


「されど……晴明の御身を得たところで、ただの器では済みますまい。九尾とて、自らが生き残るための賭けを致したのでござんしょう。なれば、妾たちも全力で応じねば、道理にござんせん」


 ROOMの中央モニターに、新たなグラフが浮かび上がった。霊力と妖力が複雑に絡み合う波形。

 それを指差して、テスラが言う。


「これが現在の晴明殿の内部状態。見ての通り、九尾の妖力が急速に霊力を侵食しています。しかし注目すべきは、完全に支配されてはいない点です。微かにですが、晴明殿の霊力が抗っています」


 その言葉に、アマ研小隊のメンバーたちの表情が変わる。絶望だけではない。どこかに残された可能性を信じる眼差しが、彼らの中に宿る。


「まだ……晴明さんが中で抗っているなら、俺たちがやるべきことは明確だ」


 誰かの小さな声が部屋の片隅で呟かれた。


 神楽が、扇子を閉じた。まるで覚悟の音のように、軽やかに、しかし決して軽くはなく。


「九尾を引き剥がすにゃ、ただの祓いや封印では効き申さぬ。現代の術理と、結界構築、それに妾の持つ古式の式神法を組み合わせねば……のう」


「テスラ殿、アマ研小隊の技術、使えるものは全てお使いあそばせ。ここが正念場にござんす」


 テスラは頷き、計画図をホログラム上に展開する。複数の魔法陣、現代技術による波形同期装置、さらには神楽の式法を模した符術コードが並んでいた。


 アマ研小隊の各メンバーは、即座に自分の役割を確認し、端末を操作し始める。誰も言葉にはしないが、ここが最終局面であることを悟っている。


 誰かの過去と、誰かの現在、そして全ての未来が交わる場所。

 晴明という存在に巣食う九尾を討つことができるのは、過去を知り、今を生き、未来に繋げる者たちその全てが揃ったこの場をおいて他にない。


 光が明滅するROOMの奥で、次なる戦いの幕が、音もなく上がっていく。

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