第六十三話 《ベリーダンス・オブ・デス♡》
ストロベリーホイップシンドロームがそっとステップを踏み出した。
ゆっくりと回る腰、左右に揺れる髪。
その動きはまるで、甘く柔らかな苺が宙に溶けていくようだった。
「はじまるベリー♡ わたしの……とっておきベリー♡」
足元に苺の模様が浮かび、ホイップのエフェクトがふわふわと舞う。
リスナー数はうなぎ登り。視聴者たちは息を呑み、ただその動きを見つめていた。
だが、アマ研はその動きを見て違和感を覚える。
「……ん?」
踊る彼女の周囲に、奇妙な揺らぎが発生し始めていた。
甘い香りが濃くなりすぎて、空間の密度に干渉している。
映像にノイズが走り、ホログラムの視聴画面がちらつく。
香久夜が眉を寄せ、囁いた。
「何か……混じってますな。えもいわれぬ死の気配……まさか、ベリーダンスにこんな副作用が……?」
神楽は微笑を崩さずにくまーるへ問いかけた。
「そこの熊……あんさん、説明しなされぇ」
くまーるは震えながら回答する。
「じ、実はベリーダンス……ごく低確率で別スキルと干渉してしまうクマ。
今回はたぶん、食物連鎖と混ざっちゃったクマ……!」
アマ研が驚いたように振り向いた。
「つまり、あれは……捕食の踊り? まさか、“視聴者すら対象になる”可能性が……?」
踊りは加速する。
ストロベリーホイップシンドロームはすでに恍惚とした表情で、
ステップのリズムに乗りながら天に手を伸ばした。
「うふふっ♡ まだまだいくベリー♡ わたし、止まれないベリー♡ ぜーんぶ、甘くしてあげるベリー♡」
視界が歪む。
座敷童が叫ぶ。
「いけませんっ、それ以上踊ると……世界が果物の香りの死に包まれてしまいますっ♡」
その瞬間だった。
画面がピンク色に染まり、すべての視聴者端末に一斉に通知が飛ぶ。
《強制視聴モード発動:ストロベリーダンス・オブ・デス》
《甘味限界値超過:危険レベルS》
《このまま継続すると、配信者ランキングがリセットされます》
「やべえって!ホントにヤバいやつじゃねえか!」
すぅしぃが寿司ネタを投げながら絶叫。
アマ研は叫ぶ。
「ストップ! ストロベリー、踊るのをやめろ!!」
だが踊りは止まらない。
彼女の瞳は潤んで輝き、完全に「踊りの悦び」に支配されていた。
その時だった。
神楽が一歩前へ出て、
くまーるの頭を再びデコピンした。
「ようよう、ええかげん止めときなされぇ。世界が糖尿になる前にな」
ぴしゅっ
金色の光が発され、
ストロベリーホイップシンドロームの背中から、ホイップの羽根がふわりと開く。
彼女の踊りがゆっくりと、自然と終息へと向かっていく。
静けさが戻る。
甘い空気の残滓だけがroomに揺蕩い、
リスナーたちは全員、放心したようにコメント欄にハートを連打し続けた。
そしてストロベリーホイップシンドロームはぺたんと座り込み、
微笑みながら言った。
「……あれぇ、わたし、ちょっと……やりすぎちゃったベリー?」
神楽は微笑んで頷いた。
「おほほ、まこと美しゅう踊りでしたえ。けど次やったら、世界ごと食うてしまいますなあ」
アマ研は静かにログを見つめ、呟いた。
「ベリー戦線、恐るべし……だな」