第五十七話 《副生体ログイン中:いちご味のカオスに溺れて》
突如、リアリティズム運営より発表された大規模アップデートによって、デイリーミッションは十日間の停止が決定。プレイヤー全員に「自由時間」が与えられた形となったが
アマ研小隊に、「休息」の二文字は無縁であった。
アマ研はこの猶予期間を活かし、派閥の正式形成を完了。合わせてroomの拡張と新フィールド【WORLD】の構築を開始する。それは、個別の戦場と拠点を保有することで、敵地でも状況を制圧する「戦術的上位互換拠点」となる。
膨大な戦利品
家具、武器、防具、素材群は、アマ研のスキルダイソンにより、room内へと収納されていた。
「へい、アマ研のダンナぁ、こりゃ寿司ネタどころか市場一軒丸ごと並んでやがるよ。いっそ、寿司roomでも開いてみるかい?」
すぅしぃが笑いながらアイテムの山を指さす。
装備管理も最適化が進行中だった。Slot1には学生服型の近接格闘装備。Slot2にはGM直渡しの中距離ハイブリッド装備。Slot3には重量型の防御特化装備を登録し、状況に応じた一瞬の切り替えが可能となっている。
さらに、魂の成熟と共鳴の深化に伴い、外見の性別・体格・声質・雰囲気・演出までも任意で切り替えることが可能となった。
アマ研は、roomの端で静かにその仕様を眺めながら、深く思索する。
(性別、人格、容姿、そして魂の輪郭までも……もはや存在の定義が緩やかに崩れていく……)
イーグルアイによるデータ分析では、「女性アバターの方がイイネ率、ギフト率共に1.7〜2.4倍高い傾向」と統計的に判明しており、鑑定スキルで解析されたリスナー心理でも、「可視化された親しみやすさ」と「華やかな戦闘演出」が数値的に支持されていた。
(ならば、次のステップに進むべきか……)
思案の末、アマ研はひとつの結論に達する。
「副生体を生成する」
これは、多重ログインや複数端末による操作とは異なり、ひとつの魂から自己分岐的に生まれる第二の存在。運営の想定仕様の中にひっそりと書かれていた、「魂強度が閾値を超えた者のみが到達する進化段階」である。
やがて数時間後
アマ研の前に、それは現れた。
ツインテールはピンク。まつ毛は異様に長くキラキラし、瞳は絶妙にうるんでいる。胸元が大胆に開いたアイドル風コスチューム。白タイツにヒールブーツ。スカートは光を反射する素材で、口元には自然な照れ笑い。そしてハンドルネームは
ストロベリーホイップシンドローム
スキル:《ストロベリー》 攻撃に甘味属性を付与し、敵の集中力を奪う。《馬美肉》 中の人は男性。羞恥心の上昇と共にスキル効率も跳ね上がる。
目の前の副生体に、アマ研はしばし沈黙した後、額に手を当てる。
「……なぜ女性?」
数秒の思考の後、ぽつりと呟く。
「いや、女性の方が目立つから合理的か……?」
その背後から香久夜が微笑を浮かべ、囁くように言葉を紡ぐ。
「アマ研様、魂のかたちは水のごとし。その流れもまた然るべきかと……ふふ」
すぅしぃは爆笑を堪えつつ、のれんを振り払うように言う。
「いいねぇ、ストロベリーホイップ嬢! 寿司も甘く握っちまって、敵の度肝を抜いてやんな!」
「ってかさぁ〜、推せる〜♡ うちらより映えてるって、どゆこと〜?」
愛琉-meru-は既にカメラアングルを調整し、映え投稿の準備万端。
照れたようにVサインを掲げる副生体。
「ぼ、僕じゃないです、あたしがやったんじゃないですぅ〜……!」
妙にハマったそのキャラクター性とコンセプトに、アマ研小隊全員が満場一致で受け入れた。
もはや、どれほど混沌としていようが、新たな戦力は“歓迎”される。それが魂の深層から生まれた存在であるなら、なおさらのこと。
そして、アマ研は改めて確信する。
「我々の進化に、限界は存在しない」
ストロベリーホイップシンドロームが静かに立ち、アイドルのようにターンを決めて言い放つ。
「甘く、強く、映えに生きるの……それが、あたしのリアリティズム〜♡」
カメラのシャッターが切られ、クラウド上に新たなスターが誕生した瞬間だった。