第五十四話 《断罪ノ一閃、月影に響く終焉の詠》
静寂が訪れたのは、戦場が次の拍動を待つ一瞬だけだった。吊られ女王は、再びその口を開いた。
「あなたたちの秩序……この身で終わらせる」
その声音は冷たく、どこか穏やかだった。一切の怒りも怨念も削ぎ落とされた意志だけがそこにあった。
香久夜は前へ出る。周囲の雑音がまるで遠くの波音のように聞こえ、視界の焦点は女王ただ一人へと向かっていた。
リンクによって繋がる仲間たちのスキルが、次々と思考に流れ込む。一つひとつの技が選別され、融合され、香久夜だけの「刃」へと昇華されていく。
「これより先は、誰も通さない」
彼女は地を蹴り、円を描くようにして一気に女王との距離を詰めた。その刹那、女王もまた黒い糸を放ち反応する。幾重にも重なる糸の防壁と、魔力の結界。だが、香久夜の身体はわずかな隙間を縫い、疾風のごとく滑り込んだ。
円を描く足運び、流れる体幹、そして一閃。その斬撃は女王の肩口から深々と入り、魔核に到達する寸前で止まった。
香久夜の表情は、どこか哀しげだった。
「……これ以上、苦しまずに済むように」
次の瞬間、彼女は魔核ごとその肉体を断ち切った。断末魔もなく、吊られ女王は静かに崩れ落ちた。
同時に、周囲の眷属たちも糸が切れた操り人形のように倒れ、地に沈んでいく。空気が緩み、戦場にようやく静けさが戻った。
「……終わった、のか」
すぅしぃが肩を回しながら呟いた。寿司ネタを投げる手が止まり、カレピッピたちも構えを解いた。
愛琉-meru-はスマホ越しに視聴者コメントを確認しながら笑う。
「ありがと〜♡ みんな見てくれてた〜? これが私達の本気なんだよ♡」
共鳴率は98%を超え、視聴者数は軽く千人を超えていた。
そこへ、しまった秀平がゆっくりと歩いてくる。ストラディバリウスを奏で続けるBeyondが最後の癒しの旋律を締めくくると、彼は香久夜の傍らに立った。
「……語られるだろうな、この夜は。語り部として、俺も記憶しておくよ」
香久夜は静かに頷いた。
「ええ。けれど……まだ終わりではありません」
彼女は戦場の向こう、なおも霞む空を見上げた。
その視線の先には次なる何かが、確かに蠢いていた。