第五十三話 《粛清ノ夜、吊られた希望を解き放て》
戦場は絶えずざわめき、糸と呪と怒号が交差する混沌のただ中。
かつて災厄として恐れられた吊られ女王が、ついに完全な本体として姿を現した。
その背後には、従える眷属たちが四十体を超えて連なっている。
だが、それでもアマ研の小隊は一歩も退かない。
香久夜は前線に立ち、静かに指を鳴らした。
リンクを通じて全員のスキルが脳内に流れ込む。
彼女はそのすべてを即座に把握し、的確な指示を送りながら、異様な冷静さで戦況を掌握していく。
「焦る必要はありません。ここからが、私たちの本領です」
アマ研の動きはもはや一糸乱れぬ連携。
斬撃に円運動を取り入れた新戦術抜刀術と中国拳法を融合させた、独自の居合い技が火を噴く。
隊員たちは包囲を切り裂きながら、眷属たちの核を正確に捉え、次々と撃破していく。
すぅしぃは動きながらも、寿司を絶えず握り続ける。
「おう! 大将、イカだイカ! そっちのカレピッピに回しとけ!」
高速で握られた寿司は次々にカレピッピへとパスされ、カレピッピたちは振りかぶってそれを豪速球で投擲する。
飛び交うネタの雨が戦場を斬り裂き、敵陣を文字通り喰い荒らしていく。
愛琉-meru-はギャル力全開で戦場を彩っていた。
「ギャル戦線、キラキラ拡大中〜♡ ぜ〜んぶ映えで焼き尽くすから〜!」
全体バフと回復、さらに演出効果を同時に展開し、視聴者数と共鳴率を押し上げる。
その輝きは戦場をまるでステージのように変えていった。
だが
突如、フィールドの霊圧が一気に変質する。
ぬるりとした空間の揺らぎ。
その圧力だけで空気が歪む。
吊られ女王・本体が静かに口を開いた。
「視ていた……貴方たちのやり方を」
不気味なほど落ち着いた声音。
その声と同時に、再び新たな眷属たちが量産されていく。
だが、こちらにも奥の手がある。
Beyondがストラディバリウスを構え、癒しの旋律を放つ。
柔らかな音色が戦場全体を包み、冷えた空気を押し返すように広がっていく。
そこに一歩踏み出す影があった。
しまった秀平
彼がマイクを構え、静かに言った。
「お任せあれ。俺の語りが、女王を弱体化させる」
彼のスキル《怪談朗読・逆位相式》が発動する。
語りは怪異を呼び出すのではなく、吊られ女王を哀れな被害者として物語の中に再構築するという逆位相の効果を持つ。
その語りは、魔核の暴走を抑え、並列化していた女王たちをリセット。
意識を一点に収束させ、本体へと主導権を戻していった。
「物語は終局……あとは、殲滅をどうぞ」
そう言ってマイクを下ろす秀平。
香久夜は静かに頷くと、手刀に魔力を集中させる。
「では、終わらせましょう」
彼女は迷いなく前線へと歩を進め、吊られ女王の真正面に立った。
女王もまた、構えを取り直す。
全ての力を注ぎ込み、最後の攻防へと備えていた。
一瞬で、戦場の空気が張り詰める。
アマ研のすべての視線が、そこに集まった。
この夜、
すべての配信者とリスナーが目撃することになる。
最終決戦の火蓋が、静かに切られる瞬間を。