表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/89

第五十一話 《繭より出でよ、釣られアラクネ女王》

 べるスパイダーべるんこの動きは異様だった。

 まるで意識と肉体の境界を越えているかのように、連撃が滑らかに敵を穿ち続ける。

 足先が糸を操り、腕が裂き、口元が淡く呟いたと思えば、その言葉が呪となり、吊られ女王に絡みつく。


「見えるだもし、本体の芯……そこに在るだもし」


 アマ研は後方で動きを止めない。

 アマ研本体は演算処理と視認範囲のスキャンを行い、愛琉-meru-は応援バフを味方に拡散、すぅしぃは斬撃に備えつつ索敵の補助へと回る。


「このタイプ、核の位置が移動してやがる。中心軸がブレてる……擬態か?」


 寿香久夜は静かに呟くように言う。

「違います。あれは本体ではない……核はリンクにあると考えるのが妥当です」


 投稿者・しまった秀平。

 今はステージ横に設置された防護結界の中で、状況をただ呆然と見つめていた。

 だが彼の配信ウィンドウには、明確にタグが表示されている。


【スキル:怪談朗読】

【発動状況:アクティブ】

【共鳴率:76% → 82%(上昇中)】


 この男が語る物語は怪異を現界させる。

 しかも、スキルの発動中に視聴数や共鳴率が一定以上を超えると、それは一時的な召喚ではなく固定存在として残るのだ。


 今回の仕様変更……すなわち、投稿者=召喚媒体。

 彼こそが怪異の根源だった。


 アマ研はそれを即座に理解し、打ち合わせを開始する。

 アマ研が言う。


「今後、イベントが連続して発生すれば、デイリーワンキルが制限される。楽と言えば楽だが、リソースの計画は狂う」


「その上、こういう語り部型が出回ると面倒だよね♡」

 愛琉-meru-は通信ウィンドウ越しに軽く笑って言った。

「だってさー、共鳴率バク上がりしてるってことは、見てるリスナーが信じてるってコトじゃん?」


 そこに、場の空気が急変した。


 べるスパイダーべるんこが吊られ女王に腕を突き立て、そのまま魔核を抜き取った。


「終わりだもし。語られた幻想、喰わせてもらうだもし」


 ぐしゃり、という生々しい音が空間を裂く。

 魔核はそのまま一気に咀嚼され、黒き気配が辺りに充満する。

 続いてべるんこが広げた魔法陣に、吊られ女王の肉体が引きずり込まれた。

 繭のような光がぼんやりと浮かび、その中心から一つの新たな存在が生まれる。


 それは「カレピッピ・吊られ女王」。

 意思の抜けた人形のように、しかし異様な存在感を持って糸に吊るされながら現れた。


「お前はまだ役立てるだもし。新しい使い方を試すだもし」


 そう言うと、べるんこはカレピッピ吊られ女王を再び糸で包み、繭状に整形する。

 その繭に、さらにアラクネのスキル構造を上書きした。


「釣られアラクネ女王、起動だもし」


 地面に着地する瞬間、繭が割れる。

 中から現れたのは、吊られ女王とアラクネの混成体。

 腕が六本、背中には黒糸が漂い、顔は白くのっぺりとしながらも、確実に何かが宿っていた。


 アマ研が冷や汗を垂らしながら呟く。

「これは……いや、これだけじゃない。本体じゃない。何かが引かれてくる」


 香久夜も声を重ねる。

「そうですわ。カレピッピはただの模造品。ですが、この釣られ構造はリンク先の本体を強引に引き込む回路です」


 釣られアラクネ女王は、どこか遠くにいる“本物”の吊られ女王と繋がっていた。

 そしてその座標は、確実に現地の演算座標へと同期し始めている。


「まさか、本体ごと……引きずり出そうというのですか?」


 べるスパイダーべるんこは笑う。

 その笑みには性別も区別もなく、ただひたすらに“怪異”としての本質が滲んでいた。


「そうだもし。見たいんだもし、物語の終わりじゃなく……続きを、だもし」


 視界の端に、赤いひずみが再び発生する。

 空が破れ、空間が軋み、さらなる災厄が、地の底からその姿を現そうとしていた。


 この日は、誰にとっても忘れがたい夜となる。

 リスナーは興奮し、視聴者は増え、語りは続いていく。

 そして、怪異はまた一つ、現実に近づいていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ