第五十話 《語れば現る、吊られ女王の共鳴劇》
夜空にノイズのようなひずみが走った。
警報音と同時に全サーバーに通知が行き渡る。
イベントカテゴリ「百物語」内、幽階層にてAランク怪異の出現を確認。
【緊急通知】
対象怪異 「吊られ女王」
ストーリーID:#12644081《無人駅の儀式と声の女》
視聴者数:796人
共鳴率:76%
投稿者:しまった秀平
アマ研は即座にモニタを展開し、座標を確認。出現地点はチルバニア・ファミリーの外郭。
その報告に、メンバーたちは即座に行動を開始した。
愛琉-meru-が呟く。
「Aランクかあ。最近出すぎじゃない?」
すぅしぃが視線を上げたまま包丁を構える。
「数は多いが、質も上がってきてる。油断すると“配信”される前に終わるぞ」
寿香久夜は落ち着いた声でまとめた。
「共鳴率はやや低いものの、既に現界条件は満たしています。発動した語り部が特級以上の媒体を使った可能性もありますわ」
アマ研が言葉を重ねる。
「ストーリーの文脈から推測するに、これは同時多重出現型……視た者の意識が揃えば、どこにでも同時に現れる」
その推測が終わるよりも早く、空間がゆがみ、吊られ女王の幻影がゆっくりと形を成した。
その姿は痩せた女性のようだが、糸に吊るされた数多の腕が異様なまでに空を彷徨い、見る者の精神を削る。
「うふふ……これはまた、ずいぶんと陰湿な趣味ですこと」
優雅な口調とともに、チルバニアファミリーの令嬢が。
ロンググローブに薔薇色の羽飾りをあしらったその姿は、夜の王宮のように美しい。
その声音は柔らかいながらも、相手の実力を正確に評価する、貴族らしい洗練を帯びていた。
だが、次の瞬間、空間を裂いて糸が突き出る。
吊られ女王がこちらを明確に認識した証。
その攻撃を遮るように、黒い影が現れた。
異形の蜘蛛、けれどもその身体は意志を持ち、口を開く。
「へえへえ、ようやく出番ってやつだもし」
現れたのは、
べるスパイダーべるんこ。
黒く染まった真祖アラクネの身体を器にした、悪霊憑依体。
「吊られ女王? 似たようなの、もう喰ったことあるだもし。こっちはそれ以上になってるだもし」
中性的な声で語りながら、べるんこは糸を巻き上げた。
その動きは鋭く、しかし滑らかで、見ているだけで精神を乱されそうな奇妙な気配を放つ。
「ま、語られた怪異が出てくるって話なら……こっちだって語られてきた存在だもし。お互い様ってことだもし」
吊られ女王が正面から音もなく滑るように迫ってくる。
腕が伸び、空間を分断するような斬撃が迫るが、それを回避しながらべるんこはカウンターの一撃を放つ。
「見せてやるだもし、喰らった怪異の本気をだもし」
周囲の空間がまるで物語の一幕のように歪み、背景が染み込んだ絵の具のように滲んでいく。
これは戦いではない。物語の再構築だ。
物語を語るものがいれば、怪異はそこに現れる。
物語を上書きできるものがいれば、怪異は敗れる。
アマ研のメンバーも構えを整える。
「べるんこ、先手は任せた。俺たちは語り直しに入る」
アマ研が静かに言うと、すぅしぃと愛琉-meru-も同時に立ち上がった。
「寿司で語る江戸の物語、見せてやんぜ」
「ギャル語でも怪異、倒せるんだから♡」
寿香久夜もまた一歩踏み出した。
「怪異の系譜を追い、その心を抉り、その記憶を鎮めて見せます」
吊られ女王という物語を終わらせるために。
しまった秀平が綴った無人駅の儀式を、完全に鎮魂するために。
戦いは、もうすでに始まっている。
物語を語り終えるその瞬間まで。