第四十九話 《蠢く影、チルバニアに届く警鐘》
アラクネ討伐イベントの激闘から、数日が経過した。
配信界では未だその熱狂が冷めておらず、アマ研チームの名は配信者ランキングのトップに踊り、リスナーたちは連日その話題で盛り上がっていた。あの戦闘を目撃した者たちの中では、もはやアマ研は“イベントを制する者”として認知され始めていた。一方で、チルバニアファミリーも、戦闘中に見せた力と行動により、スカウト対象の新星という立場から、一気に上位陣営の注目株へと変貌を遂げていた。
しかし、表舞台の興奮とは裏腹に、水面下では異変が静かに進行していた。
チルバニア本拠地。情報部からの報告が入る。
「お嬢様、こちらの観測結果をご覧ください。観測スキャナーに、地図に存在しないはずの座標群が複数記録されています」「存在しない、ですって?」
「はい。どのアーカイブ地図にも登録されていない、しかし、確かに誰かが視たという形跡がある座標です」「……なるほど。まるで怪異そのものが、視聴という行為により実体化しているようね」
情報員が頷いた。
「また、リアリティズムアプリ視聴者の中で、視聴後の記憶の欠損を訴えるユーザーが急増しています」「まさか、視聴そのものが儀式的な作用を?」
思い当たる節があった。アラクネ討伐の終盤、遠巻きにこちらを見ていた者たちの視線。あれは偶然ではなかった。意図的に見させていたとすれば辻褄が合う。
「……怪異を見せることで、怪異を定着させる……まるで、儀式そのものだわ」
チルバニアの令嬢はすぐに動いた。部隊に緊急招集をかけ、次なる怪異発生に備えると同時に、リアリティズム運営の闇を独自に調査することを決定した。
そのころ、アマ研の本拠では、べるスパイダー・べるんこの安定しない霊力にアマ研が頭を悩ませていた。
「……なんか、吸ってるな。明らかにエネルギーの循環がおかしい」
異常なまでに高密度の霊力変動。まるで、周囲の怪異データそのものを喰らっているような気配。
アマ研が警戒を強める中、新たな通知がアプリ全体に走った。
サーバー全体通知サーバー連結イベント百物語トリガー 発動参加条件:語り部・視聴者・霊的エネルギー提供者のいずれかとして参戦可条件達成で怪異生成が強化され、報酬倍率が上昇します
アマ研たちは顔を見合わせた。百物語。語ることで怪異を顕現させ、そしてそれを“視る”ことで、実体化を完了させる。
「……これは、もう遊びじゃないな」
物語が世界を蝕み始めている。しかもそれは、ただのエンタメイベントではない。視る者すべてを巻き込む、新たな呪いの形だ。
だがこの真実に、もっとも早く気づいていたのは、アマ研でも、チルバニアでもなかった。
べるスパイダーべるんこだった。
白く無垢だったアラクネの身体に、漆黒の霊力がゆらめく。その中で、べるべるんこは口元に微笑を浮かべる。
「全部、繋がってるんだもし……最初から、ずっとだもし」
怪異の力、視聴者の視線、語られる物語。それらすべてが、ひとつの儀式として組み込まれていたことに、彼女はとうの昔に気づいていた。
そして今、最も危険な配信者たちによって、視聴者すら知らぬまま、世界は物語に変貌しつつあった。
見ているか? 次に語られるのは、あなただ。