第四十八話 《怪異交信計画:リアリティズムに潜む視線》
「これは本当に、現実と繋げていい領域なのか?」
「今さら止められるとでも? もう走り出したんだ。視聴数も跳ね上がってる」
「いや、だからこそ危険だ。これは視聴者を巻き込む企画だぞ……!」
リアリティズム運営上層部の会議室は、異様な熱気と緊張に包まれていた。
空調は効いているはずなのに、全員の額に汗が浮かんでいる。
中央のスクリーンに映るのは
新たに開発された外部配信用アプリ《City Walk Live》。
このアプリには、AI型霊視機能《霊的観測スキャナー》が搭載されており、心霊スポットをカメラで撮影すると、
リアリティズム本体に怪異情報がリンクされ、「取り込み」が可能になるというものだった。
それは試験的な運用として始まったはずだった。
だが、インコ真理教がこのアプリを聖地巡礼ツールとして広め始めたことで、すべてが狂い出した。
「これからは、怪異をアプリで集めるんですよ。生配信で、どこまでも、リアルタイムで」
どこかの宗教家めいたスタッフがそう言い切ると、別の幹部が机を叩いた。
「馬鹿げてる! 現実と仮想の境が崩壊するぞ!」
しかし、それこそが狙いだった。
恒常的な怪異取り込み。
視聴者層の拡大。
霊障を娯楽に。
運営幹部たちの反論を押し切るように、巨大なプロジェクターに新たな企画案が表示される。
《日本浄化ミッション》
全国の心霊スポットを巡って、怪異をアプリに取り込んでください。配信と収益がリンクし、あなたの株も上がります
つまり、怪異そのものを素材化し、ゲームコンテンツとして流通させるというのだ。
この計画の根底には、裏でうごめくもう一つの影があった。
《インコ真理教》。
アプリ内での怪異収集に執着し、霊障データを集積して再現可能な怨霊を人工生成する研究を進める、異端の組織。
彼らの教祖
その名は中臣鎌足。
藤原鎌足と名乗ることもあるその男は、歴史の中に埋もれた存在。
実在した貴族でありながら、千年以上の時を越えて今も生きる異形の者。
かつて低級霊に取り憑かれたのをきっかけに、逆にそれを喰らい、寿命の概念を逸脱した怪異体質者となった。
だがその事実を知る者はほとんどいない。
表向きには、カリスマ性に富み、財力と霊感を持った「ちょっと変わった宗教家」として、マスコミに取り上げられる程度だった。
彼は言う。
「我が教義の根本は、混ざることだ。人と怪異、善と悪、信仰と配信すべて混ぜれば新しい世界が見える」
その背後には、金と欲望、配信業界の膨張、スーパーチャット文化、視聴数のバブル。
全てが怪異と混ざり合い、新たな秩序無き世界を形作っていく。
さらに、運営が導入を決定したのが
《リアリティズム視聴専用アプリ》の試験的実装。
これによって、
ただ見るだけのリスナーすらも
魂収集の実験体とされていく。
一定数のリアリティズムを
視聴すると、
自動的にリアリティズム内に
自分が取り込まれる設定。
「視聴すればするほど、新規登録されるってことか……」
一人の若手スタッフが呟く。だがその言葉に返事はなかった。
すでにそれは動き出している。
インコ真理教の幹部たちが目を光らせる中、ネットの海では新たな怪異配信が続々と始まっていた。
【#事故物件に潜入してみた】
【#夜の廃トンネル探索配信】
【#配信中に映ったモノ】
【#霊の正体がコレです】
タグの中には笑いを誘う動画もあれば、明らかに「見てはいけない」ものもあった。
しかし、数字が伸びるのだ。
数字は力であり、力は欲望を呼ぶ。
運営会議室の端に貼られたモニターには、現在の配信ランキングが映し出されていた。
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だが彼らはまだ知らない。
この怪異収集計画の真の狙い。
人類が踏み込んではならない、混沌の臨界へと今、すでに足を踏み入れていることを。
これは、娯楽の仮面をかぶった最悪のシナリオ。
しかも、それを考え出したのは
「……頭のネジが飛んだ奴だったんだよ」
会議室の隅で誰かがそう呟いた。
だがもう、その声に耳を傾ける者はいなかった。
すべてが、なるようにしかならない世界へと流れ始めていた。