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第四十五話  《最前線、ひとり舞台月下に踊る守り手の矜持》

 月が静かに照らす焦土。爆散したアラクネの巣の中心には、まだ禍々しい気配が漂っていた。

 アマ研たちは遠巻きに様子を伺い、次の展開を見据えていたが、香久夜だけは前に進む。ゆっくりと、迷いなく。誰よりも静かで、誰よりも覚悟があった。


「ここは私に任せていただきます」

 香久夜は、周囲に優しくそう告げた。


「ひとりで行く気?あれ相手に?」と愛琉が叫ぶ。

 だが香久夜は振り返らずに歩みを止めない。


「守るとは、そういうことです」

 淡く笑いながら、ただ静かに、ただ真っ直ぐに進んでいく。


 アマ研はそれを止めなかった。

「……最前列は、適任がいる」

 すぅしぃが肩をすくめながら言う。

「江戸の職人も、守りの美学は分かってるぜ」


 香久夜の足元には月明かりが落ちていた。

 その柔らかい光の中、衣が揺れるたびに舞うのはただの布ではない。静かな意思と、積み重ねた日々の証だった。


 彼女はそのまま、女王アラクネと対峙する。


 黒く、巨大な蜘蛛の姿。その頭頂部にはまるで王冠のように鋭く隆起した甲殻。腹部は半透明で、捕らえた人間が内側で消化されていた。

 複眼がゆっくりと香久夜を捉える。視線が合う。そこにあるのは野生ではなく、理性だった。


 香久夜は感じ取っていた。

 この存在はただの怪物ではない。明確な思考と、意図を持って行動している。土蜘蛛が進化し、知性を獲得した最終形。

 人間を喰らうのも、生存のための理屈に基づいたものだろう。


 しかし、だからこそこの存在は危険だ。人の枠を超え、理知を持つ異形は、時に人よりも人を害する。


 香久夜は月下に祈るように手を合わせる。


「この命を懸けるに値する敵です」


 周囲に三層の結界が展開される。静護結界、月光結界、盾式障壁。それらが幾重にも重なり、香久夜を包み込んだ。結界内では毒も呪いも物理攻撃すら無効化される。彼女は無言のまま構えを取る。


 するとアラクネが動いた。

 腹部が開き、内部から紫黒色の霧が噴き出す。瘴気だった。即座に広がり、視界を濁らせてくる。


 香久夜は微動だにしないまま、片手を軽く振る。


「風よ、月を呼びなさい」


 神楽再現式が発動。

 空気中に漂う霧を月光が切り裂き、味方全体に回復とバフの効果が流れ込む。

 すぅしぃの刀が淡く光り、愛琉のギャルスーツの装飾がさらに輝き始める。


 アラクネが再び香久夜へ照準を合わせる。六本の脚が電気を帯びて、雷撃をまといながら一斉に突き出される。

 香久夜は防御の構えを崩さず、まっすぐその攻撃を迎えようとした。


「参ります」


 その瞬間、黒い影が割って入った。


「ぐら様、勝手に決めないでくださいよ」

 先んじて飛び込んだのはおれんじ。香久夜の精霊眷属であり、光と風の霊体。柔らかい光の帯を広げ、雷撃の一撃を跳ね返す。


 続いて、重く低い声が響く。

「死が相手なら、我にこそ任せよ」

 べるべるんこ。禍々しい黒煙を纏った悪霊型の眷属がアラクネの脚に喰らいつき、その動きを止めた。


「地獄に還るべき魂がまだ在るぞ」

 三人目は東雷門黒夜。死神型の死装束をまとい、鎌を振るってアラクネの右目を切り裂く。鮮烈な軌道に、月光が散った。


「美しきものを守る者こそ、最も美しい」

 最後に現れたのは西清翠 薫昼。リッチ型の知的亡者であり、魔法陣をその場に複数展開。爆発と氷結の呪術がアラクネの脚を凍らせ、包囲の要を担った。


 香久夜はその背に仲間の姿を見て、ふっと微笑む。


「ありがとう。では、お言葉に甘えましょうか」


 アラクネは奇襲による連撃で態勢を崩していたが、まだ動きは止まらない。その巨大な体に刻まれた傷は浅く、複眼が怒りに震えていた。


 香久夜は前へ出る。

 結界は健在。眷属は周囲を囲み、仲間たちはその後ろに控える。

 最前線に立つ彼女の姿こそが、この戦場の要であることは、誰の目にも明らかだった。


「あなたの怒りも悲しみも、すべて受け止めましょう。さあこの月下で、踊りましょう」


 そして、再び舞が始まる。


 この世の最も静かな戦場で、

 最も優しく、最も堅牢な守護者が、

 その矜持を、命を削って見せつける物語が始まった。



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