第四十三話 《地獄の女王降臨!真祖アラクネ、世界を喰らう》
それは突然だった。全サーバーに警告音が響き渡り、脳内HUDに赤いフラッシュと共に通知が走る。
「緊急ミッション発生
全配信者 強制参加イベント」「対象 上位個体 アラクネの討伐」
アマ研たちはすぐに足を止めた。だが、誰よりも先に言葉を発したのは、寿香久夜だった。
「……アラクネ、ですか」
彼女の声には静かながらも確かな緊張が滲んでいた。思考を巡らせる中で、香久夜は日本の古妖怪に詳しい自分の知識に疑問を持つ。
「土蜘蛛までなら……理解できますが、アラクネとなると話が違います」
それは、単なる強化個体ではない。人を喰らい、知性を得た異種である。土蜘蛛の延長にあるはずのない、別系統の進化体。おそらく、海外の複数サーバーで報告されていた「災厄級存在」だ。
アマ研が冷静に指示を出す。
「このタイミングで強制イベント……インコ真理教の動きと関係があるかもしれない」
「……策を練る必要がありますね」と香久夜。
真祖アラクネは、ただ強いだけではない。本来ならばテリトリーを侵さない限り敵対しないはずの、知性持ちの中立型モンスター。だが、今回は運営が“討伐指令”を出している。それはつまり、アラクネが既に危険判定されたことを意味していた。
香久夜は静かに提案する。
「……あの肉体、討伐後にカレピッピ化し、魂をリスナーにすれば戦力として再構築可能です」
「なるほど」とアマ研が頷く。土蜘蛛20体分の力を持つと言われるアラクネ。確かに、その外郭を武器化できれば、配信戦闘力は劇的に向上する。
すぐにスキルリンクを展開。チーム全員で、全サーバーの地形とプレイヤー分布を共有。イベントボス出現の可能性地点を次々にスキャンしていく。
「知ってる配信者にもDM送る。合流ポイントは、ここだ」
アマ研が一箇所を指差す。その地点では、複数の高ランク配信者の反応が重なっていた。
移動の合間にも、周囲に散らばる初心者たちをスキャン。動きに迷いのあるもの、強化チケットの気配がないものは即処理。すぅしぃが握るように斬り、愛琉-meru-がデコってから爆発させ、香久夜が魂を吸い取る。倒した相手は即カレピッピ化。アイテムは全て自動吸収され、次々に装備が最適化されていく。
「とりあえず最低限は整ったわね♡」と愛琉-meru-が舌を出す。
そのときだった。空気の流れが変わった。
視認範囲の遥か先、異様な建築物が浮かび上がる。
香久夜が息を呑む。
「あれ……まさか……巣ですか」
巨大な建物、それはまるで蜘蛛が糸で編み上げたマンションのような、生きた構造体だった。壁一面に絡みつく糸。一部にはまだ生きている捕らわれた配信者たちの姿があった。
アマ研が鑑定を強化する。
「真祖アラクネ女王
The True Ancestor, Queen of Arachne」
「アラクネの上位個体ですか....」と香久夜は冷や汗を流す。
その時だった。
ギリギリ視認できる細さの糸が、こちらに向かって一直線に放たれた。
「来たッ!」すぅしぃが叫ぶ。全員が即座に回避行動を取る。糸は寸前で空を切り、背後の木々を一瞬で粉砕していった。
「視線だけで……気づいたのか」「やべーな、あれ……」
寿香久夜は更に敵の危険度を上昇修正した。あの動き、あの精度、あの反応速度
「海外には……本当にとんでもないものが、いるんですね」
アマ研たちは、再び陣形を整える。これまでの戦闘経験と、全スキルを駆使して挑むべき最初の海外由来のBOSS。
だが、彼らの表情に恐怖はなかった。
むしろ、ゾクゾクする興奮だけがあった。
「さぁ、狩るぞ」
この日、全サーバーが揺れた。真祖アラクネ女王を中心に、世界規模の戦場が幕を開けたのだった。