第三十七話《天秤と審判 ログ・ホライゾンの告白》
確かな手応えだった。
だがアマ研の胸に広がる達成感は、ほんの束の間でしかなかった。
立ち上がる音がする。
GM、ログ・ホライゾン。あれほどの猛攻を受けながら、笑みすら浮かべて、再び歩を進めていた。
「いやはや、流石です。拳を交えたことで、確信に変わりましたよ」
その声音に敵意はない。むしろ、どこか柔らかい。
彼は軽く顎に手を当て、少し首を傾けるようにして言った。
「実はですね、運営内で議題に上がっていたんです。寿香久夜、そして琴吹神楽さんこの二つの存在を、アカウント凍結対象とすべきかどうか」
周囲の空気が緊張する。眷属たちの影がわずかに揺れる。
「ですが、それではあまりに惜しい。アマ研さん、貴方の“観測スキル”とリスナーからの支持率、何より彼女から感じ取れる善性……それを無視するには、惜しすぎるんです」
ログ・ホライゾンの瞳が、真っ直ぐこちらを見据える。
「運営の意見は真っ二つ。ただし、私は……少なくとも貴方たちの味方です」
その言葉とともに、彼は片手を上げた。
瞬間、アマ研の脳内にスキル情報が流れ込む。
《特殊スキル:GMコール・応用構文》
《戦闘時、GMの残留データを一時的に投影・武装化するスロットを開放します》
左手に現れたのは、歪で禍々しいフォルムの銃。
右手には、極彩色の光を放つナックルガード。重さはあるのに、腕に馴染む。
「……こいつはまた、妙に手に馴染むな」
「それは私からの、ささやかなプレゼントです」
ログ・ホライゾンは軽く微笑む。
その直後、アマ研の通知欄に一件のフォローが届く。
《ログ・ホライゾンがあなたをフォローしました》
《あなたを“推し登録”しました》
《あなたのリスナーになりました》
アマ研の身体がほんの一瞬、震える。
リスナーを受信した瞬間、その思考パターン、戦術傾向、スキルタイプが解析可能になる
つまり、ログ・ホライゾンの戦闘知識と演算補助までも、スキルリンク対象に加わったのだ。
「……ありがたく、使わせてもらいます」
そう言って、アマ研は深く腰を折った。
その頃、別の動きも始まっていた。
妖怪退治に一定の価値を見出していた教団インコ真理教が、リアリティズム内に保管されている封印級イベントデータに注目し始めていた。
世界各地に封じられた「地球滅亡級」のパンドラの箱。
それらをリアリティズム上で浄化するという試みが、いま水面下で進行している。
琴吹神楽の一件で明らかになった通りこのアプリに魂を訓練する以外の役割が付与されてしまったのだ。
「化け物の相手には、化け物を」
この一言のもと、神楽肯定派閥はある決断を下した。
琴吹神楽に正式アカウントを付与。さらに、サブアカウント(寿香久夜)を特例認証するという異例の処置。
運営直轄のGM権限により、眷属召喚の再構成や、スキルリンク時のノイズ除去、出力制限の解除などが全てサポート対象に追加された。
一気に全員とのリンクが完全体へと進化する。
寿香久夜の戦闘能力も、十倍規模へと向上。
アマ研は思う。
「恐らく、本体の琴吹神楽は、今も成長してる。……その強さが、やがて再びこのアプリに呼ばれる日が来る」
その予感は、恐怖よりも興奮に近かった。
なぜなら次に現れる災厄は、もう異常ではない。
それは運営の意思で、意図的にこの世界に解き放たれる仕様になるからだ。
アマ研はログ・ホライゾンに確認を取った。
「……他の派閥、例えばチルバニアファミリーや、強者同士の連携は?」
「大歓迎ですよ。情報共有は、災厄に備えるうえで不可欠です」
ならば
アマ研はすぐにチルバニアファミリーにDMを送る。
この世界の「変化」を伝える概要と、寿香久夜の正式認証。そして、自分たちが異質ではなく標準になる未来のこと。
可能ならば、強者たちにも情報拡散をお願いしたい。
その文面には、力強い言葉が添えられていた。
「仲間になってくれるなら、俺たちはもう、負けない」