第三十四話《暗雲の揺らぎ、再燃する闘志》
戦場を一掃し血と汗の痕跡を残したままアマ研たちは仮拠点へ戻った 薄く冷たい空気が肌を刺すように感じられ そこに満ちていたはずの戦いの熱気はいつの間にか消え失せていた 勝利の喜びは掴み取ったはずだったが その高揚感は予想以上に短く 心の奥底にぽっかりと空いた虚無感だけが残っている 仲間たちの顔にも同じような影が落ちていた 喜びが長続きせずどこか満たされないまま時間だけが過ぎていく まるで空気そのものが冷たく変わり戦場の熱が霧散したかのようだった
アマ研は仮拠点の片隅に設置されたブロックをベンチ代わりに腰を下ろし ゆっくりと澄み渡る夜空を見上げた 星の光はいつも通りだったが 自分の胸中にはどこか晴れないものが渦巻いている デイリーミッションは順調にこなし イベントの進行も計画通りに進んでいた 仲間たちとの連携も日に日に磨きがかかり 精度を増している にも関わらずなぜか心は満たされない 目の前にある現実と自身の感情の間に違和感が横たわっているのを感じていた
隣で黙々と武器の手入れをしているすぅしぃの指先も どこか力が抜けていた 普段なら包丁を磨きながら軽口や冗談を交わし場を和ませる彼女が 今は静かにただ黙々と作業を続けている その静寂が逆に重く感じられた
「こちとら戦うためにここにいるんでい けどよ なんか胸ん中がぬるくなってきたような気がしてならねぇな」
ぽつりと呟くすぅしぃの言葉に 愛琉‑meru‑は軽く「わかる~」と応えながらも どこか遠くを見つめていた 彼女の足元で揺れているカレピッピも かつての狂騒のような熱狂はなく 淡くほのかな光を放つだけの存在に変わっていた
寿香久夜は無言のままだった だが 彼女の周囲に浮遊する眷属たち おれんじ べるべるんこ 黒夜 薫昼の気配が微かに揺らぎ あたかも不安を映し出すかのように揺れていた それをアマ研は鋭く感じ取っていた
勝利の後に訪れる停滞 それは惰性という淀みだった じわじわと仲間たちの士気に浸食をはじめていた
その刹那 空間全体に甲高い電子音が鳴り響いた 普段は決して聞こえないはずの通知音が まるで闇夜に響く鐘のように 仮拠点の隅々まで響き渡る それは“上層” 運営側からの直接のアクセス通知だった
アマ研の目が鋭く細まり 戦闘態勢へと切り替わる
「GMログインを確認」
「システムメッセージ あなたたちの戦闘記録は想定値を大きく超過しています 通常のイベント進行では制御が困難と判断されました」
「よって次段階への移行前に あなた方の実力を再確認します」
普段なら画面に表示されるはずのメッセージが 今回は直接脳内に響いた その音は運営の本気度を何よりも雄弁に物語っていた これまでの連携率や討伐効率 戦闘ログのすべてが監視されているという明確な証拠だった
「おやおや 随分と見られていたようだな」
アマ研は低く呟いた 背中に冷たい震えが走り抜ける 血液の流れが活発化し 筋肉が熱を帯びていく 瞳の奥に眠っていた炎が再び燃え上がった 先ほどまで感じていた淀みは 一瞬のうちに霧散し 鋭く熱い決意が心の中で燃え始めた
「なるほどね 運営さんが直々に顔を出すってわけか 面白いじゃないか うちらのガチスキル 存分に見せてやろうぜ★」
拠点中に響く電子音声が告げる
「支援モード展開 データ収集中 最適連携ルートを確立 戦術補助演算 開始します」
すぅしぃは口角を吊り上げ 寿司ネタの一つを掴んだ
「ふん ようやく血が騒ぎやがったよ アタシの寿司はな 戦の味がしなきゃ本物じゃねぇのさ」
「いざ参るか 試される時こそ戦士の器量が問われる」
寿香久夜がふわりと宙に浮かび 彼女の衣は淡く光を放ち 眷属たちの結界が自動的に展開される おれんじは手のひらに魔力球を宿し べるべるんこは地を這い 黒夜は鎌を振り抜き 薫昼は呪文の詠唱に没頭していた
アマ研は静かに目を閉じ ゆっくりと開いた
「やっと火が点いたな」
戦意 殺気 覚悟 そして高鳴る興奮
すべての感情が一斉に再燃し 身体の隅々まで熱く駆け巡っていく
今この瞬間 彼らは試されているのではない
試す側へと昇華しつつあったのだ
「よし 行くぞ 俺たちがこのサーバーで一番だってこと 証明してやろう」
その言葉に仲間たちは静かに頷く
模擬戦闘 選別の幕開けは間近に迫っていた
運営の審判が下されるその瞬間を前に アマ研たちはすでに新たな戦場の最前線に立っていた