第三十三話《眷属召喚、影を裂く光の弾幕》
影縫いの術が地を這い、アマ研たちの足元を固めていた。かげろうの放った漆黒の術式が、大地と魂を縫いとめるようにじりじりと体力を蝕む。すでにアマ研は三度、円運動によって拘束を解除したが、その度に足元へ蠢く呪符の束が速度を上げていた。
かげろうの気配はほとんど感知できない。索敵スキルを全展開していても、その存在は霧のように掴めず、まるで空間自体に溶け込むようにして襲いかかる。
直後、真横から銃声が響いた。高周波を伴う神経音。射燐銃。雨千羽の気配が砕けたようにこちらへ向かってくる。
弾丸が着弾する刹那、カレピッピがアマ研の前へと飛び出し、全弾を受け止めて爆ぜるように散った。メルが指を振ると、既に二体目が召喚されており、戦線は崩れていない。
雨千羽が動く。銃口の揺らぎと、弾倉の回転数が戦闘への完全移行を告げている。
その瞬間だった。寿香久夜が静かに右手を掲げる。スキル発動。
眷属召喚・起動。
まず現れたのは、おれんじ。鋭利な帽子に尖った顎、紅眼の悪魔。開口一番、巨大な魔法陣を空間に展開し、燃え盛る彗星を雨のように降らせる。火属性と暗黒属性の混合魔術が大気を裂き、弾幕が一帯に走った。
続けて、べるべるんこ。怨霊と化した肉塊が回転しながら敵へ接近。肉厚の腕が雷鳴のように地を打ち、地面を砕いて敵を拘束。殴打、圧殺、ねじ切り。そのすべてが、ただの「圧」だ。
三体目、東雷門 黒夜。黒ローブに身を包んだ死神。腕に抱えた巨大な鎌を一閃すれば、鋼鉄をも両断する飛び斬撃が走る。斜線が空気を裂き、地形を削り、縦横に破壊の波を引き起こす。鎌の一振りごとに闇が生まれ、それが空間そのものを侵食するように広がる。
最後に、西清翠 薫昼。深緑の魔法使い、リッチ。呪文の詠唱と共に展開される光束は、自己修復と仲間への再起効果を持つ。魔力光が細く、だが的確に戦場を支配し、回復とバフを巻きながら敵の行動をじわじわと封じていく。
四体の眷属が出揃った瞬間、アマ研が全スキルリンクを発動。
全員と戦術回線が繋がる。すぅしぃ、メル、寿香久夜、フェンリル。そして四体の召喚眷属。そのすべての思考と意図がアマ研の神経に統合される。
一歩、踏み出す。円運動で静かに、だが確実に敵の死角へと滑り込む。足音ひとつ、空気の揺らぎひとつすら計算されたその動きは、獣が獲物を仕留めるための「型」そのものだった。
すぅしぃの両手から放たれる寿司が光を裂く。イクラ、タコ、玉子そしてイカ。どれもが弾丸のように空を切り、風圧すら伴って雨のように降り注ぐ。ひとつひとつが精密誘導であり、避ければ追尾、打ち落とせば破裂。
メルは三体のカレピッピを連続召喚。各々が自立して動き、追撃と盾の両方をこなす。その合間から、彼女はバフ付きの爆裂演出で味方を盛り上げていた。
寿香久夜は静かに詠唱を続けながら、弾幕のタイミングを制御。だが、明らかに密度が薄くなっていた。
その時、アマ研が呟いた。
「弾幕薄いよ、何やってんの?」
それが合図だった。全リンク回線が収束し、指示が一斉に走る。
おれんじが魔法陣を二重三重に重ねて空を焼き尽くす。黒夜の鎌が連撃を繰り出し、地形すら斬り落とす。べるべるんこが地割れを起こし、薫昼がその隙に味方を全回復。すぅしぃが超速寿司を八方向に拡散させ、メルのカレピッピがその隙間から飛び込んで止めの構えを取った。
だがその時、かげろうと雨千羽は一瞬の沈黙に包まれた。
己の死を、初めて意識したのだ。
「……こりゃ、撤退するしかないな」
息を吐いたのは、雨千羽。戦闘は、決着していない。だが、この場に残れば命は無い。
アマ研たちはそれを追わなかった。なぜなら、この戦いはまだ準備運動にすぎない。
次に、真の戦場が待っている。