第二十七話《雲の上から、次の一手を》
クラウドの海は今日も静かだった。風は吹かず、音もない。だが、アマ研の思考は止まらなかった。
身体はない。熱も痛みも感じない。けれど、思考だけは生きている。無限に広がる視界から、リアリティズムの戦場を俯瞰する。そこには、今も戦い続ける者たちの姿があった。
神楽討伐イベント、最前線。推した三名
チルバニアファミリーの令嬢
水縹雨音
ブッダちゃまこの選択は、正解だった。
ブッダちゃまは死んだ。だが、貢献度は確かに刻まれている。あの一閃は、神楽の心に決定的な揺らぎを残した。生死を超えた一撃。意味がある。必ず、意味を持つ。
そして、水縹と令嬢は生存中。両者ともダメージを受けつつも、戦線を離れていない。さらに確認できたのは、すぅしぃが水縹にイイネを送り続けていたログ。なぎ店長とむうあは、トガ梵天にコメントを送っていた記録もある。
(……全員、生きてる。しかも、全員推しとして誰かを支えてる)
つまり、彼らもクラウド上にいる。自分と同じように、次の復活を信じて待っている。
それならば
復活した時の立ち回りが全てだ。
クラウド視点から、アマ研は戦場全体をズームアウトした。神楽討伐後の再編成、派閥構図、各エリアの勢力図、リスナーの流動分布。それらすべてを、脳内で並列処理する。
今は、乱戦後の空白期間に入る直前。復活のタイミングは明朝
最速であれば数時間後。全員が横一線に並ぶ最初のタイミングを、どう生きるか。
闇雲に戦っても、自分より強いプレイヤーは山ほどいる。真正面からぶつかっても、勝ち目は薄い。
ならば、狙うのは一点。
初動の新規狩り
リスナー0人の新規登録配信者を、先に狩る。
リスナー数の奪い合いは最初の5分で決まる。一人でも倒せば、
観戦していたリスナーが
流れてくる。さらに、
復活直後はリスナー補正が強く出るため、イイネ効率も高い。
「全員が本気なら、こっちはそれ以上をやるしかねぇ……」
だが、ただの狩りではない。生き延びるだけじゃない。
次は勝つ。復活後は、戦力・仲間・情報のすべてを持って押し上げる。
手札は揃っている。
・すぅしぃは水縹を推している。・なぎ店長とむうあはトガ梵天。・自分は令嬢と水縹、そして消えたブッダちゃまを見てきた。
全員に共通するのは討神イベントへの高い貢献度。
(つまり、全員が復活できる)
あとは、それをどうまとめるかだ。寄せ集めの仲間ではない。かつての“チーム”を、別の形でもう一度立ち上げる。そのために必要な動きは、全てシミュレーションしておく。
アマ研は、クラウドから見える小さなエリア
誰も使っていない旧リスナーバフ地点に目をやった。周囲はすでに勢力争いで手薄になっている。誰も気づいていない盲点。
「……俺の陣は、あそこに張る」
復活したその瞬間に、そこを占拠し、拠点化。即席でもいい。最初の5分で強さを見せつける。勝利を演出し、リスナーを惹きつける。
アマ研の戦略が、脳内で数万回シミュレートされていく。
そしてその時、画面の隅で、そっとイイネの通知が光った。
(……今の俺に、イイネを送ってくれる奴がいる)
過去ログ。自分の死の瞬間、あるいは最後の叫びに、誰かが反応してくれた。その小さな光は、虚無の中にあって唯一、まだ生きていていいと許された証だった。
「……必ず、還る。配信者として……仲間のところに」
雲の向こうに、薄く朝日が差し始める。魂の鼓動が、再び戦場を夢見る。
それが、アマ研の次の一手だった。