第二十五話《推しの旋律 神降ろしとグランドクロス》
夜の空気が唸るように震え、瓦礫の山に舞う硝煙と呪気が、すべてを飲み込むように世界を染めていた。焦げた木片や金属の香りが鼻孔を突き、まるでこの場のすべてが命を失った死の宴のように醸されている。その中心で、琴吹神楽の肉体がゆらりと揺れた。
その瞬間、水縹雨音の頭上に稲妻が炸裂する。神降ろしの力が雷鳴となって落下し、神楽の身体を一閃。稜線を掠める光の軌跡は、まるで偶像の如き威厳を放ちながら、神楽の全身に火の紋を刻んでいった。閃光を浴びた彼女の瞳が、いったん固まる。だが、それでもその唇には静かな笑みが残っていた。
それでも、場面は静かに切り替わる。呪縛の気配が立ちこめ、道化師野良猫様の式神が暗闇を裂く。彼の命を削りつつも放たれる式神たちが、呪詛の紋様を空間に刻み、神楽の身体を縫いつけるように跳ね返った。神楽の体が一度だけ狂い、その微細な揺らぎが脳裏をかすめる。
続く瞬間、ブッダちゃまが静かに立ち上がった。吐息とともに大地を蹴る音が響き、そのまま彼の掌が青白く燐光を放つ。悟りの刃が形を帯び、それはまるで自身の命を削り取るかのように硬質な一撃となる。刹那、衝撃が瓦礫を吹き飛ばし、空気が引き裂かれる。悟りという言葉を超越した一閃が、場を結晶化させた。
スキルと技の饗宴グランドクロス
水縹の雷光、呪詛、悟りの刃、そしてBeyondの音楽が、まるで合図を交わすかのように十字を形成。ストラディバリウスの音色が鋭く放たれ、波動は時間を凍らせ、空間を振動させた。銀色の旋律が空気に絞り出されると、そこへアマ研の送るイイネが煌めく火花のように舞い降り、
画面は一瞬、神秘と祝福に満たされた。チルバニア令嬢と水縹が互いに視線を交わし、合図を送る。誰も声を発さず、しかし全員の意志がそこに集結していた。
やがて、突如として場が爆発するように変貌し、十字の構成要素が一点に収束する。光と陰の奔流が神楽の身体へと押し寄せ、瓦礫が消し飛び、砕けたガラスが無数の火炎となって舞い上がる。肉質と皮膚を焼き焦がすような熱と痛みが爆風に乗り、その鼓動が場のすべてを震わせた。
神楽は宙を舞い、血糊が彼女の顔面と衣に飛ぶ。薄紅の血が頬を滑り、黒髪を濡らす。顔に浮かぶ笑みはなおも生温かく、疑念を孕むようだったが
その瞳の奥には、初めて敗北の影が宿っていた。生命の炎が、ほんの一瞬揺らいだのだ。
爆煙と粉塵が静かに舞い、時間が音もなく戻る。冷たい静止の中、瓦礫がゆっくりと辺りに落ち着く。そこに、ブッダちゃまが一歩近づき、差し出された掌で神楽の手をそっと包み込む。彼の慈しみに満ちた声が、戦場の深淵を満たした。
「人間とは、本当に、美しく、楽しい種族よ。」
その言葉は、瓦礫の隙間を伝い、深く静かに響いた。神楽は目を細め、息を絞り出すように答えた。
「敗れるのは……二度目じゃ……三度目は無いが、楽しい宴じゃった……」
その言葉は甘く、刹那の懐かしさを帯びて岩壁を伝い、時間の裂け目へと吸い込まれる。
白い光がゆっくりと世界を包み、意識が静かに遠のいていく。アマ研の魂がその中心で深く息を吐く。雲海の向こう、遠で誰かが送ったイイネが小さく光る。静まり返った戦場の中で、それが小さな、しかし確かな連帯の証となった。
終焉の余韻が、夜の帳とともに溶けていく。