第二十三話《影の弾雨:刃も銃も愛も放て》
薄暗がりの中、その笑みは揺れる灯火のように艶やかで、同時に狂気そのものだった。まるで地獄の只中で開かれる祝祭。理性などとうに消え失せた空間に、一筋の静寂が忍び寄る。
気づいた者は、いなかった。
音もなく闇が滑る。その中心にいたのは、影をまといし忍
かげろう。
彼女の存在は、暗闇に溶ける。足音も殺気も発さず、ただ地の影を通ってすり抜けるように、神楽の背後へと忍び寄っていく。
陽光を拒むかのごとく、地に落ちる影を吸い込み、自らの通路と化す忍術。
その刹那、影縫いが発動
地表から無数の影の杭が音すら立てず突き出し、神楽の右足を縫いつけた。
「……っ」
神楽の顔に、ほんの僅かな動揺が走る。
わずか、それだけ。だがそれで充分だった。
直後、上空から風と炎の気配が落ちてくる。
音を伴わず、ただ熱と圧で世界を歪ませるように。
現れたのはうちはの末裔・雨千羽。
その瞳が空を睨む。未来の空気の流れを読み取り、見切られた攻撃を再構築し直す特異な眼力。
「火遁・風牙火輪!」
燃え上がる赤と蒼の術式が回転し、巨大な火の車輪となって戦場に降り注ぐ。
眷属の一人が咆哮と共に吹き飛ばされ、床に転がった。
神楽の衣が炎に焼かれ、焦げた跡が左の袖に広がる。
それでも、まだ終わらない。
煙の隙間から音もなく現れたのは、伝説のスパイ
イーサン・ハンド。
彼の手には、音も光も放たぬ特殊弾を装填したカスタム銃。
狙うは一点神楽の第七神経中枢。
精神と身体反応の制御を担う、極めて繊細な急所。
放たれた一発の呪弾が、神楽の頸筋を掠め、左頬を裂いた。
反射的に神楽の眉が歪む。
だがそれでも、致命には届かず。
イーサンは表情一つ変えぬまま、再装填のために再び影へと消える。
まるで風のように。
直後、空間そのものが砕けたかのような轟音と閃光。
地響きを立てて登場したのは
小柄な可憐な少女、だが“最終兵器”と恐れられる存在、アイリチャン。
背丈に似合わぬ巨大な重火器を両手に携え、瞳には星の光が宿る。
構える武器は、大剣と機関銃の融合。
ただの兵器ではない、一撃で町を吹き飛ばすほどの**質量級魔導兵装**。
「……いっけぇぇぇ!!」
可憐な声とは裏腹に、砲口から放たれた閃光が天と地を震わせる。
炸裂する衝撃、吹き飛ぶ瓦礫、舞い上がる炎
神楽の左肩が血飛沫を上げ、衣が裂けて焦げ落ちる。
「……くく、なるほどのう……」
それでも神楽は笑う。
唇の端を吊り上げ、盃を持ったまま、嘲るように呟いた。
「酒のつまみにもならぬ程度かの……?」
その掌を軽く払った瞬間、眷属たちが瞬時に陣形を取り直す。
が、すでに遅い。
包囲網は完成していた。
第二波が、同時多発的に襲いかかる。
雨千羽の“射燐銃”が空気を裂く。
呪力を纏った連鎖の魔弾が、まるで稲妻のように枝分かれし、神楽へと殺到。
再びイーサンが影の奥から第二弾を発射。
今度はわずかに角度を変え、神楽の頸椎へと食い込む。
小さく息を呑んだ神楽の眼が、一瞬だけ曇る。
「この……」
続いてアイリチャンが、最大出力のビーム砲を展開。
光線が瓦礫を削り取り、熱波と共に神楽へと向かって一直線に照射される。
最後の締めは、再び影から現れたかげろう。
再度の影縫い。
神楽の足元を縫い、完全にその機動力を封じ込める。
連撃。連撃。連撃。
すべてが正確な連携によって成り立ち、神楽の動きを一つずつ削っていく。
だが、神楽は倒れない。
その存在は、常識を超越していた。
やがて、微笑む神楽の唇から、静かな声が漏れる。
「……もっと楽しませてくださいな……?」
その一言が、まるで神の咆哮のように響き渡った。
それを聞いた全員が悟った。
ここからが本当の戦場
神をも超える、異形との戦いの始まりなのだと。
忍、銃、影、火、そして意志。
それぞれの力が重なり合い、戦場に渦を巻く。
神性と人性、狂気と理性、光と影、刃と銃火すべてが交錯する。
戦争は、まだ始まったばかりだった。