第二十一話《討神前夜:異能の牙、集いし刻》
空が、重い。
それは曇っているとか嵐が来るといった自然現象のことではない。
空気そのものに圧がある。気配だけで喉が焼けるような殺気の帯びた大気。
誰もがそれを感じていた「何かが、確実に起ころうとしている」と。
仮設拠点は、すでに廃墟と化していた。
かつては初心者たちが寄り添い、時に笑い、情報を交換しあったあの場所。
そこは今、焼け焦げた鉄と、割れたガラスの山でしかなかった。
空から見下ろすアマ研のリスナー視点には、瓦礫と化したLサイズルームの無残な姿が映っている。
(……神楽。あの化け物ひとりで、ここまで……)
もはや彼女に対してボスキャラという言葉は意味を持たなかった。
それは自然災害。いや、概念災害だ。
彼女がいるだけで、サーバーが悲鳴をあげ、運営が対処を放棄し、システムが歪む。
リアリティズムという巨大なメタバース空間すら、彼女ひとりの存在によって構造を変え始めているのが分かった。
けれど、それに抗う者たちがいた。
チルバニアファミリーが動いた。
その始まりは、令嬢の一言だった。
「討ちましょう。妾たちの世界を、取り戻すために」
美しく、儚く、冷たい決意が拡がっていった。
そしてその呼び水に応じるように、世界中から異能の牙が集い始めた。
かつて、一切のデスゲームに関与しなかったほどの強者たち。
ゲームバランスが壊れるからと運営に干された者たち。
異端ゆえに封印された宗教系の異能使いたち。
異種混血。神話の転生者。陰陽・神道・忍法の頂点に立つ者たち。
その誰もが、これまで決して交わることのなかった孤高の存在たちだった。
彼らが今、ひとつの旗の下に集おうとしている。
戦場のすぐ外側クラウドからの視界では、その流れがよく見える。
それは一種の戦争準備のようでもあり、儀式のようでもあった。
神楽という異物を排除するための世界の自浄作用。
だが、その動きは決して速くない。
異能者たちは慎重に、そして確実に、神楽の能力を分析し、準備を重ねていた。
アマ研はその様子を静かに観察していた。
リスナーとして
それが、今の彼に許された唯一の戦場だからだ。
イベント中のため、現在は推しの変更が不可である。
それゆえ、残り2枠は慎重に、慎重に見極めなければならない。
アマ研の目が、光のように画面を走る。
そこには、死地で戦う今を生きている者たちの映像が次々と映し出されていた。
(誰だ……誰が、神楽に届く……?)
その答えは、まだ出ない。
けれども、確実に世界は変わりつつあった。
あらゆる場所で、人知を超えた異能者たちが、チルバニアの令嬢の元へと集結している。
それはまるで、神話の戦士たちの再臨であった。
クラウドから見れば、一人一人の存在が、まるで星のように輝いている。
互いに軌道を交差させながら、中心へと収束していく。
その中心が、すなわち討神戦線。
そして、琴吹神楽はその中心で、あいかわらず楽しげに酒を飲んでいた。
まるで、自分の力を理解していて、尚余裕を崩さぬ獣のように。
それでも。
アマ研は静かに、深く、息を吐いた。
「……来るぞ、神楽。お前に、世界が本気で牙を剥く」
クラウドの雲の上で、誰にも届かない声を、彼は呟いた。
この夜が明ければ、血が流れる。
多くの命が失われるだろう。
けれど、それを越えなければ、この世界は取り戻せない。
琴吹神楽という存在は、もはや運営にも、プレイヤーにも、視聴者にも扱えない。
彼女がこのまま世界を喰らい尽くす前に、討たなければならない。
そのために、全員が集い、牙を研ぎ、夜明けを待っている。
タイムリミットは、迫っていた