第二十話 《死してなお推す:クラウド筋トレ応援記》戦場に残る魂、汗とイイネで未来を変えろ。
死んだはずなのに、意識だけが空に浮かんでいた。
見渡す限り、果てなき雲海。
足元には、硬いのか柔らかいのかすら分からない白い床。
風も、重力も、温度もない。
ただひたすら、無音と蒼の世界が広がっていた。
だがここは、天国などではない。
むしろその逆
情報と監視の牢獄。魂が試される戦場だった。
「リスナー登録完了」
ホログラムウィンドウが浮かび上がり、アマ研の前にいくつもの映像が展開された。
そこには今もなお続く地獄絵図が、リアルタイムで映し出されていた。
かつて仲間たちと過ごした仮設拠点は、今や瓦礫の山。
燃え残るベッド、血の染みたカーペット、崩れた壁
そして、その中心に座すのは、琴吹神楽。
眷属たちと共に、屍山血河の上で平然と酒を呷るその姿に、怒りすら凍りつく。
「……狂ってやがる……」
拳を握ろうとしたが、肉体は既にない。
自分はリスナーという新たな立場に再構築されていた。
《推しを最大3名まで登録してください》
《推しはイベント中を除き、いつでも変更可能です》
《現在、イベント中:琴吹神楽降臨》
《※現在は推し変更不可》
三つの枠のうち、一つはすぐに決まった。
あの令嬢率いるチルバニアファミリー。
あれだけの被害を受けながらも、いまだに討伐準備を進めているのは彼女たちだった。
そして残りの二枠。
それは、これからの観察にかかっている。
《デイリーミッション》
・15名の配信者を最低3分間観察
・各配信者に最低1イイネ、コメント2回を送信
・1名を30分間継続観察でボーナス
・達成で追加コイン獲得
筋力でイイネを稼ぎ、視点と評価で ギフトを与える。
観察が、選別が、そして信じるという行為が戦いになる。
「……死んでも、立ち止まる暇すらねぇな」
静かに雲の上で腕立て伏せを開始する。
肉体は存在しない。けれど、腕には負荷があり、息は苦しく、汗が滲むような錯覚が残っている。
──イイネ獲得
──スクワット10回
──コメント送信:「琴吹神楽酒盛り中」
──コイン+1
その最中、ホログラムに映し出される地上の光景が、急速に変わりはじめる。
強すぎるがゆえにデスゲームに興味を持たなかった、癖のある猛者たち。
インコ真理教によって危険視され、リアリティズム内に幽閉されていた異端者たち。
伝説とされた、仏陀の生まれ変わり。
悪魔と人間の混血。
吸血鬼の血を引く者。
陰陽道を極めた者。
沈黙の殺意を宿す忍。
神を宿す巫女。
過去に一度もその姿を見せたことのない、伝説のスパイ。
今まで交わることのなかった異能者たちが、神楽という災厄の共通認識を得た瞬間に動き始めていた。
そして、中心にいるのはやはり
チルバニアファミリー。
配信者ランキングの貴族階級に君臨するその一派が、各勢力と密かに連携を取り始め、討伐戦の布陣を構築している。
「……すげぇな……クラウドから見ると、一発で分かる。
今この世界が、本気で牙を剥こうとしてる」
雲の上で、アマ研は再び腹筋を始める。
筋肉の悲鳴と共に、データの流れが加速する。
ギフト、分析、コメント、コイン。
すべては、推した者に力を渡す手段。
死んだ身であっても、誰かの刃になれる。
「神楽……
お前を討てる奴がいるなら、そいつを俺が全力で押し上げてやる」
選ばれしリスナーとして、
筋トレと観察の向こうに希望を見る。
「……生きてる時より、忙しいな。
でも、もう逃げねぇよ。絶対に見届ける」
死してなお、魂は戦場に立ち続ける。
それは推すという名の、もう一つの戦いだった。