第一話《初回ガチャと殺意のログイン - Like or Die -》
これは夢だ。そうに違いない。
アマ研はそう思ったが、目の前のタイマー表示は止まってくれなかった。
「おい、これはどういうことだ?」
視界上に映る半透明の画面に声をかけてみる。しかし、変化はない。
と思ったその時、空中から青と紫のグラデーションのような紙がひらひらと数枚舞い降りてきた。
「なんだこれ?」
「初回ログインボーナスとして、ガチャチケットが五枚提供されました」
先ほどと同じ無機質なシステムボイスが、乾いた声でそう告げた。
タイマーの横には、色とりどりの衣装や武器が映し出された画面と、それとは対照的に無機質なパステルカラーの正八面体が浮かぶ画面が現れる。
「まさか……ガチャを引いて装備を集めろってことか?」
冗談だろ、という言葉は出てこなかった。さっき聞こえた断末魔のような声が、それを口にすることすら躊躇わせた。
ここはアプリなんかじゃない。この世界は、配信者が殺し合う空間だ。
どれだけ非現実的に思えても、これが夢じゃなかったらという不安が、本能を強く刺激する。
恐る恐る、装備が表示された画面をタップしてみる。
茶色のクマのぬいぐるみのような3Dモデルが突然現れ、口を開けて何かを吐き出すような動きを見せた。
「何」
それ以上言葉を発する間もなく、腰に重みを感じる。
一振りの日本刀。鞘に納まったまま、腰に装着されていた。
実物を見たことがなくても、日本人なら誰でもそれと分かるだろう。
人殺しの道具を手に入れたという恐怖と、少しの安堵が胸に入り混じる中、次の装備ガチャをタップする。
「……学生服?」
またしてもクマが何かを吐き出し、光がアマ研の体を包む。気づけば黒い詰襟の学生服が体にぴたりと張りついていた。どう見ても、ただの学生服だった。
落胆は隠せない。
「これで……身を守れってのか?」
「これは、もう一つのガチャも見るべきだな」
アマ研は正八面体が浮かぶスキルガチャの画面をタップする。
クマが吐き出したのは『鑑定』という文字だった。
その瞬間、不意に脳内に何かが流れ込んでくる。
それは一連のイメージとなって、『鑑定』というスキルの性質と使い方を強制的に理解させた。
鑑定。それは相手のスキルを可視化する能力。
もし配信者全員が初回ログインボーナス、あるいはそれ以上のガチャチケットを持っているなら、誰もがスキルを所持していると考えて間違いない。
仮に戦うことになれば、間違いなく有効なスキルだ。
もう一度、スキルガチャの画面をタップする。
今度は『モノマネ』一時的に相手のスキルをコピーできる能力。恐らく反則級の性能だろう。
「最後の一枚、どっちにしようか……」
スキルガチャは、二枚とも当たりと言っていいだろう。
装備は、片方は外れだったかもしれない。
「バランスが大事だとしたら……僅かに装備、か?」
もともと装備ガチャは外れ率が高いのかもしれない。
『鑑定』と『モノマネ』は強力だが、どちらも攻撃には使えない。
しかし命あっての物種。まともな防具が欲しい。
「よし、装備だ」
アマ研は装備ガチャをタップする。
クマが吐き出したのは薄紫色をした犬のような動物だった。
「犬?」
「はあ? 失礼だな!! 俺はフェンリルだぜ、せめて“狼”って言えよ!」
その生き物のサイズは、アマ研の頭に乗るほどだ。
予想とは違う結果に困惑しながらも、この犬だか狼だかの使い道について考える。
「君は、あれだ。戦えたりするのか?」
「わかってるじゃねえか。今はこんなサイズだけど、本気を出せばしばらくの間は戦闘モードに入るぜ。
ま、力の出力と時間、食らったダメージに応じて反動があってよ。そいつを食らってる間は変身できなくなるんだがな」
なるほど。一定時間の間だけ、仲間として加勢してくれるらしい。
盾役になれるとしたら、ガチャを引いた目的ともそこまで反していない。
「つっても、いきなりなんでも頼るんじゃねえぞ。
お前、初回ガチャで俺を引いたタイプだろ? せめて初戦は自力で勝たねえと、力は貸せないな」
前言撤回。自由意志を持っているのは悪くないが、“戦わない”という選択肢を持っているのは最悪すぎる。
「冗談よしてくれよ……それで俺が死んだら、君だって困るんじゃないか?」
「フェンリルは最高ランクの幻獣だぜ?
ビギナーズラックで俺を当てただけで勘違いするようなやつのお守りは、勘弁だっつーの」
「おい──」
「そら、もう時間がないぜ! とりあえず抜刀しろよ。俺も全力で応援してやるぜ!」
そう言って、フェンリルはアマ研の頭に鎮座する。
タイマーのことが、完全に頭から抜けていた。
気づけば、アマ研の視界のカウントが残り10秒を切っていた。
> 「配信開始まで──00:00:09」
静寂が張り詰める
00:00:06…
鼓動が高鳴る
00:00:03…
覚悟が固まる
00:00:01
全感覚が研ぎ澄まされる
「《初回配信、開始》」
宣言と同時に、新しいメッセージが脳内に響く。
> 「通知 視聴者さん(匿名)がフォローしたよ」
その一文が、アマ研に気づきを与える。
「“配信”ってことは……視聴者もいるってことか」
疑問は多い。
そもそもどんな原理でこんな世界が成り立ってるのか?
視聴者はどこから、どうアクセスしているのか?
だが──今は、それを考えるべき時じゃない。
『せいぜい死ぬなよ、ビギナー』
そっけないメッセージが、新しい画面に表示される。
視聴者が自分に送ったコメントだと、すぐにわかった。
> 「通知:視聴者さん(匿名)がいいねしたよ」
唐突に、天からハートが降ってきた。
薄紅の発光体がポンポンと宙を舞い、アマ研の身体へと吸い込まれていく。
「うわっ……!?」
全身に力がみなぎる。
目の前に、ステータス強化+10%のポップアップが浮かんだ。
「……なるほど。フォローもいいねも、“バフ”ってわけか」
戦闘中に視聴者がつけば、それが力になる。
それも、この《リアリティズム》のルールらしい。
だがのんびりしていられない。
> 「スキル『コラボキル』が使用可能になりました。今後は一日一人以上、コラボ相手を殺害してください」
そして、もうひとつの通知。
> 「最寄の配信者 カナリオ(配信者ランクD)まで1.2km」
アマ研は、刀を抜いた。
キィンと金属音が響き、真新しい刃が月光を弾く。
学生服姿のまま、風に髪をなびかせながら
屋上の縁に立った。