第十四話《【推し生還戦線】敗者の復活席は一つだけ》
「とりあえず……この辺りからは、早く離れましょうか。さっきの地点、《九封会》の縄張りですのよ」
まるで公園を散歩しているかのような口調で、チルバニアファミリーは言った。頭上のハムスターを優雅に撫でながら。
だが、アマ研たちの表情は張り詰めていた。 つい先ほどまで、戦闘の火蓋が切られる寸前だったのだ。あの場所に今も漂うのは、火薬の匂いと、熱せられたコンクリートが放つ鉄臭い焦げの残り香。
誰もが足音を殺しながら、令嬢とビヨンドを含む一団とともに、静かにその区画から離れていく。
平穏じゃない、ただの静寂。 ここではそれが「命の保証されていない安全圏」を意味する。
「……初心者がうっかり入る場所じゃなかったな……」
なぎ店長が小声で呟きながら、ポケットから小瓶を取り出して口に運ぶ。いつもの軽口は今だけ封印されていた。
すぅしぃは無言で握りかけたマグロを、そのまま口に収める。けれどその目は周囲から一瞬も逸らさず、まるで「握ってさえいれば戦える」とでも言うように、視線で臨戦を続けていた。
そんな張り詰めた空気のなかで、令嬢はまるで会話の続きを始めるかのように、柔らかく告げた。
「この戦場において、配信者が死んだ場合その魂はリスナーとして残されますの」
アマ研がちらと目をやった。 だが令嬢は彼の反応など気にする素振りもなく、淡々と、けれどどこか楽しげに話を続けた。
「配信権も、チャンネルも剥奪されて、代わりに与えられるのが、他者を応援する資格。それが、リスナー」
「……冗談じゃないね、それ」
moorが低く唸った。「自分で戦えない世界で、誰かにすがるしかないとか、最悪だょだょ……」
「ですが、ただの観戦者ではございませんの。リスナーには推しを選ぶ権利がございます。そして推しが活躍すれば、そのリスナーは配信者の順位に応じて、復活枠にエントリーされる」
「……復活枠?」アマ研が口を挟んだ。
「ええ、ランキングの高い配信者には、より多くの復活枠が与えられます。逆に、底辺の者には、そもそもチャンスすら巡ってこないこともある。つまり誰を推すかすら、生き返るための賭けなのですわ」
その言葉を聞いた瞬間、空気がいっそう重くなる。
「トガ梵天さんは推される力と復活ポイントを同時に稼いでいますの。復活させた配信者で構成されたのが、さっきの《九封会》」
まるでリスポーン地点の要塞のような集団。その全員が、一度は死んだ者たち。
「命が数値で戻せるようになったら……もう重みなんて残らないのかもしれませんわね」
令嬢はどこか寂しげな目をして、それでも笑った。
「けれど、その枠には限りがありますの。戦える者にしか、帰ってくる席は用意されていません。敗者に優しい世界では、決してないのですわ」
アマ研はその話を黙って聞いていた。
心の中で、言葉にならない怒りと、恐怖と、理解が絡み合っていく。
死んだら終わりじゃない。 推されなければ終わりだ。
令嬢は、ひとつ話題を切り替えるようにふと前を指差した。
「東北へ、約八キロ先。そこに無所属配信者たちが集まる仮設拠点がございますの。安全圏とは申しませんが、補給、情報、再編のための拠点としては優秀ですわ」
アマ研が軽く頷いた、その瞬間だった。
「そういえば……もし、あなたが死んだら」
令嬢はふと、足を止め、まっすぐにアマ研を見た。
「ぜひ、ワタクシのリスナーになってくださいまし。ウフフ」
その笑顔は優雅だった。 だが、その言葉には一切の冗談がなかった。
「ワタクシ、チルバニアファミリーはランキングの上位に常におりますのよ。復活率の高さ、後悔させませんわ。どうせ命を賭けるなら、当たり馬を選ぶ方が合理的ではなくて?」
アマ研の口元がわずかに引きつる。 人気が、命の価格を決める。
そしてこの世界で、人気とは
実力、カリスマ、戦果、話題性、そして残酷さまでも含んだ総合的な価値。
アマ研はゆっくりと、前を見た。
決して軽くない現実。 それでも一つだけ、強く思った。
(……死ねねぇな、こんな世界で)
負けたらリスナー。 そして、復活枠に選ばれる者しか戻れない。
価値がない奴は
死んだまま忘れられる。
命を繋ぐために、今、生きて戦う。
これが、この世界のルールだ。