第十三話《【赤貝一閃】狐火とストラディバリウス》
「売られた喧嘩は、買うのが江戸前だよォ」
すぅしぃが腰をひねった瞬間、手に握っていた赤貝が音を置き去りにして飛ぶ。
空気を裂いた一撃それを、トガ梵天はまるで初めから見えていたかのように、顔色ひとつ変えず。
ふわりと衣が舞う。
次の瞬間、彼女の身体は九尾の姿へと変貌していた。
灰銀の体毛、うねる九本の尾。そして、その口が、飛来した赤貝をパクリと一口で噛み砕いた。
「やはり、美味いな。塩と酢加減も悪くない」
九尾の瞳がすぅしぃを見据える。
「お前、うちの専属料理人になれ。他は要らない。……殺すか、連れてくか、選べ」
「料理人?あたしゃ職人気質だよ。下に就く気なんざ、毛頭ねぇ」
すぅしぃがねじり鉢巻きを巻いた。
殺気が、場を覆った瞬間。
アマ研の体が光を纏う。
「モノマネ、九尾」
変身。狐耳、尾、そして全身から迸る炎の気配。
互いに理解している。
最大級の狐火を先に撃った方が、勝つ。
「すぅしぃ、なぎ店長、構えろ。始まるぞ」
なぎ店長は無言でテキーラを煽る。
その背に、無数の酒気が立ち上り、空気を軋ませる。
「一気に、潰すぜ……」
さらに、九尾トガ梵天の背後、春野はなの影から人狼の咆哮が響く。
刹那は目を光らせ、足の踏み込みだけで地面にひびが走る。
栗坊はうるさく喋っている。
戦争の秒読みかと思われたその時だった。
「ちょっと、待ちなさいな!」
全員が一斉に身構える。
が、誰もその声の主が近づいていたことに気づかなかった。
横から、音もなく差し込んできたのは
チルバニアファミリー。
頭にはいつものハムスター、仁王立ちの令嬢。そしてその隣には、ストラディバリウスを構えたBeyond。
バイオリンの弓先がトガ梵天に向けられた瞬間、彼女の姿が九尾から人間の姿に戻る。
「チルバニアの関係者か……」
緊張が、僅かに緩む。
「さっきの赤貝に免じて、今回は引いてやる」
トガ梵天がくるりと振り返る。
九本の尾は既に霧のように消えていた。
「この辺りは……私たち《九封会》の縄張りだ」
トガの声は静かだが、言葉には確かな殺意があった。
「いくらチルバニアでも、騒がしすぎるとぶっ殺す。覚えとけ」
空気が張り詰める。
だが、チルバニアファミリーは冷静だった。
「殺し合うのは構いませんけど……有望な新人を無駄に減らすのは、ワタクシたちの本意ではありませんの」
「なら、手打ちだ。どうせ、いつか殺し合う。
今日じゃなくてもいい」
トガ梵天は背を向ける。
春野はなと刹那もそれに続く。
栗坊だけが「やだ〜まだ喋り足りないよぉ〜」と騒いでいたが、引きずられていった。
嵐が去ったような静寂が残る。
アマ研たちはその場に立ち尽くし
やがて、互いに顔を見合わせる。
「……巻き込まれて死ぬとこだっただょだょ」
「もう飲ませろ……」
「ったく、寿司が冷めちまったよ……!」
戦いは回避された。だが確信する。
次回の邂逅で、戦闘になると。