第十二話《警戒領域:牙を隠す者たち》
「……来る」
すぅしぃがピクリと耳を動かす。
握っていた小肌を止めて、視線を遠くに向けた。
アマ研もすぐに察知した。
空気が変わる。風が乱れ、微かに地を打つリズムが重なっていく。
接近音。それも四人分。
音を立てずに距離を詰める、その足音は野生の狩人のような規則正しさと鋭さを持っていた。
「……高速で近づいてる。四人。距離、800……700……速い、600……!」
すでに目視距離に入っていた。
明らかに、さっきの戦闘音が原因だ。
ゾンビを斬り裂き、握りを投げまくり、ギャルを赤貝で沈めた乱戦は、想像以上に目立っていた。
「倒してすぐこれかよ……もう少し休みくれや」
なぎ店長が腰に手を当て、空になった酒瓶を振る。
フェンリルも耳を伏せ、喉の奥で唸っていた。
「戦闘は 避けられるなら避けたい。まずは鑑定」
アマ研がすぐにスキルを発動。
視界に浮かび上がる四人の配信者名とスキル情報。
名前:トガ梵天
スキル:九尾化/狐火操術/幻惑
名前:春野はな
スキル:人狼化(夜間強化)/嗅覚・脚力強化/爪撃
名前:刹那
スキル:韋駄天/超速移動/加速回避/反応強化
名前:羽九里舞ロン(はぐりまろん)
スキル:栗坊召喚/妨害行動/拡声
(強い……)
アマ研は思わず唾を飲み込んだ。
四人の気配は、見た目以上に“やばい”。
とくに韋駄天を持つ刹那の動きが速すぎる。
視線を送った瞬間、もう次の一歩を踏み出していた。
一方で九尾のトガ梵天は、まるで舞うような軌道で近づいてくる。
その後ろに浮かぶ、尾のような炎の残像 おそらくあれが狐火。
(あの炎、一つでも直撃したら洒落にならない)
春野はなに至っては、地を蹴るたびに足元のコンクリを砕いてくる。
腕に巻かれたサポーターが、裂けた肉を押さえている。
羽九里舞ロンに至っては、横に連れている栗坊と名乗る謎の栗型マスコットが、ずっと喋ってる。
「え〜?こいつらやばくない?におうよ、におうよ、鮮度落ちてるにおい〜〜〜☆」
「殺すぞ」
すぅしぃが無表情に言った。
アマ研は深呼吸し、低く声をかけた。
「こちらに敵意はない。まず確認させてくれ。何をしに来た」
声が届いたかどうか。
だが、明確に誰も武器を抜かない。
一瞬の沈黙。
目と目で探る時間。
「ねぇ……」とトガ梵天が言った。
「その赤貝、私にも投げてくれないか」
それは冗談だったのか、試すような挑発だったのか。
だが、明確に一つだけわかったことがある。
まだ牙を剥いていないということ。
互いに睨み合いながらも、戦闘には移らない。
嵐の前の静けさ。
睨み合いは続く。