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第九話《【幻覚注意】ストラディバリウスで殴られるとは思わなかった》

 どこからともなく、澄んだバイオリンの旋律が聞こえてくる。

 それはやがて歌声と重なり、三人の脳に直接語りかけてきた。


 ジュ〜ジュ〜……肉を焼こう〜

 ジュ〜ジュ〜……タン塩、カルビ〜♪


「これ……オペラか? 焼肉の……歌?」


 アマ研がつぶやいた瞬間、世界がぐにゃりと歪んだ。

 気づけば三人は、テーブルを囲んで座っている。

 机の上には七輪。

 ジュウジュウと焼かれるのは、タン塩、カルビ、ミノ、ロース。


「……やば、めっちゃ食いてぇ……」


「うっそ、ミノめちゃうまそう……だょだょ」


 なぎ店長がトングを手に取り、タン塩をそっと持ち上げた、その時。


 ゴンッ!!!!


 背後から激しい衝撃。

「ぐぅっ……!?」

 アマ研の頭部に、見たこともないほど分厚いバイオリンがフルスイングで叩き込まれた。


 床に膝をつきながら、流れる血を拭って《鑑定》を展開。




 ランク:不明

 名前:Beyondビヨンド

 スキル:ストラディバリウス

 所属:チルバニアファミリー


「……さっきのハムスター女の仲間か……ッ」


 そのまま、殺意を放ち続ける

 Beyondが無言で構えた。

 ストラディバリウスを武器として。


 アマ研は手を上げて言葉を投げかける。


「待ってくれ、こっちは敵意はない! 俺たち、さっき勧誘されたけど断っただけで……!」


 一瞬の沈黙。

 その言葉に、Beyondの眉が微かに動いた。

 ピタリと構えを解くと、静かに口を開く。


「……断ったから叩いたわけじゃない。

 君たちが私の音に反応したから、ただの調律をしたまでだよ」


「調律って、俺の頭でか!?」


「それが一番、よく響くからね。僕の演奏は、心と神経に触れる。

 狂った音を直すには……それなりの衝撃が、必要なんだ」


 その言葉の後、弓が優雅に弦を滑り出す。

 流れ出す音は、先ほどとはまるで違う。


 柔らかく、あたたかく、

 まるで心臓を優しく撫でるような  癒しの旋律だった。


 周囲の幻覚が静かに消え、焼肉の匂いも、机も、七輪も霧のように溶けていく。


「……マジで幻覚だったのかよ……」


「焼いてたミノ返してぇ……」


「お肉ぅ……だょだょ……」


 三人は力なくへたり込みながらも、ようやく生き延びた安堵を味わっていた。


 Beyondは演奏を終えると、再び口を開いた。


「チルバニアファミリーのこと、忘れないでくれ。

 いつでも君達を受け入れる準備はあるよ。君達が、正しい音になれればね  殴ってすまなかった」


「その条件、ハードル高すぎだろ……」


 アマ研がぼやくが、Beyondは小さく笑っただけだった。


 そして、ストラディバリウスを肩に乗せると、静かに背を向けて去っていく。


 その後ろ姿に、誰も声をかけなかった。

 まるで交響曲のラストのように、静かで、そして深い余韻だけが残った。


(先に発見、鑑定、常に戦闘準備を)

 これはもう、

 単なるデイリーミッション

 なんかじゃない。

「生存戦」だ。

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