番外編〜プロローグ: 「静かな朝、運命の前触れ」
朝の光が窓から差し込むと、詩恵はゆっくりと目を開けた。隣には、既に目を覚まし、釣りの準備を進める景の姿があった。彼は、今日も大好きな釣りに出かけるため、いつもと同じように早起きをしている。
「おはよう、景さん」詩恵は寝ぼけまなこで微笑みながら、彼に声をかけた。
「おはよう、詩恵。まだ寝てていいんだぞ。今日は大潮だから、絶好の釣り日和になりそうだ」と、景は目を輝かせながら答えた。
詩恵は、そんな景の姿を見て、思わず笑みがこぼれる。彼の釣りへの情熱は知っていたし、だからこそ今日も一日頑張ってきてほしいと願った。「うん、気をつけて行ってきてね。お昼には一旦帰ってくるの?」
「いや、今日は夕方まで粘るつもりだ。もし良いのが釣れたら、夕飯にしよう」
「じゃあ、夕飯に魚料理を準備しておくね。楽しみにしてるよ」詩恵は景の好きな料理を思い浮かべながら、夕食のメニューを決めていく。
景は笑顔で頷くと、釣竿とリールを手に取り、玄関へと向かった。「じゃあ、行ってくる。夕方には戻るから、あんまり心配しないでくれよ」
「うん、分かった。気をつけてね」と、詩恵は彼を見送りながら、小さく手を振った。
玄関の扉が閉まり、詩恵はしばらくその場に立ち尽くしていた。いつもの日常、いつもの朝。だが、心のどこかで何かが引っかかるような感覚があった。彼が無事に帰ってくることを信じてはいるが、何か予感が胸を締め付けていた。
それでも詩恵は、その感覚を振り払うように、台所へと向かった。彼が帰ってきたときに温かい食事を準備しておこう。それが彼女にできる精一杯の愛情の表現だった。
彼女は鍋を取り出し、肉じゃがの材料を並べ始めた。景が戻ってくる頃には、煮物の甘い香りが家中に広がっているはずだ。彼のために、美味しい食事を準備して待つことが、詩恵にとっての幸せだった。
ふと、詩恵は窓の外を見た。太陽は高く昇り、雲ひとつない青空が広がっている。景が言っていた「大潮」の日。風もなく、波も穏やかで、まさに釣りには最高の条件だ。
「景さん、きっと今日は大物が釣れるといいね」詩恵はそう呟きながら、料理を進めていった。
その日が、二人にとって最後の「普通の朝」になるとは、詩恵はまだ知る由もなかった。