再会
家に帰ったのは、外がオレンジに埋まっていく頃だった。
父はすでに帰宅していて、早く帰ってきたことに安堵し、私に何か言うことはなかった。
過保護の父は、二十三になった私にまだ子ども扱いし、説教じみたことをするのはしょっちゅうあった。
私の家は、父の厚と弟の正広の三人家族で、幼いころ、母は事故で死んでいた。
母の部屋はあの頃から変わっておらず、綺麗に整理されていて、壁一面に本が置かれており、窓はなく、くつろぐことができる、ふわふわの椅子が置かれていた。
しいて、変わったところと言えば、仏壇が置かれていることだろうか。
朝、起きたら、仏壇に向かい、挨拶をする、寝る前に「今日も生きています」
母の部屋は父が掃除することが決まっていて、理由は一番、母の部屋知っているかと、自慢げに語り、なんだかこっちが恥ずかしくなるような顔していたので、父が掃除することになっていた。
母との記憶はあまりなかった。父も話したくないのか、あまり語らず、顔も覚えていないし、母の写真は少なかったので、母は私の中で、架空の存在だった。
母は会う人、会う人に綺麗な人って言われていて、よく芸能人のあの人に似てるねと言われたそうだが、私には知らなかった。
それは私も同様だった。
母の写真を見ていると、鏡を見ているみたいで、年齢が上がるごとに、母に近づいていき、親戚では瓜二つ、亡くなったことを知らなかった人は、私と母を間違えるほどだった。
なので、自慢じゃないが私も母同様、美人さんって言われることは度々あり、私の時代はチアダンスの映画に出てた子に似ているねって、言われることがあった。
あまり、テレビは見ないので、聞いたことがある程度の知識で、良い反応はできていなかったが、姉の名前を聞くと、すぐにわかった。
弟は生まれてすぐ、母が死んだので、まったくというほど、記憶がなかったが、母の顔に似ていたので、甘い蜜を吸っていた。
そのせいか、とてもモテているらしく、父のコミュ力や運動神経も遺伝して、学校の中でも人気者らしい。
まあ、弟からの情報なので、嘘なのかもしれませんが。
家族仲は良く、家事も分担するようになっていた。苦手なところは人にお願いし、得意なことは積極的にやっていく。
母の遺伝のせいか、頭の良さはあったので、家計簿とかを書くことは好きだった。
今日は、帰って来て早々、母のとこに向かった。
飛葉月影の話をし、思い出や、今日の展示会が素晴らしかったことを報告する。
母も多分、飛葉月影同様、月を好きだったと思う。
母の名前には、月の漢字が使われているから。
母に話し終えると、ハンカチがなくなっていることに気が付いた。
月模様のハンカチで、外に出かけるときは一番手で、エースで四番の存在だった。
そして彼はいなくなった。
もうこんな時間なので、外に出ることはできない。外に行ったとしても、玄関で作戦が失敗になるだけだと思い、家の中でできることをすることにした。
鞄やポケット中を探すが、自室で近所の地図を広げ、帰宅ルートを線でなぞり、落ちたであろう場所をピックアップする。
すると、下から、弟の声がして、
「姉ちゃん、ハンカチ落とした?」
すぐさま、下に降りて、弟に話を聞く。
さっき電話してきた天使が、ハンカチを見つけてくれたらしい。
「明日、ファミレスで、十五時に待ち合わせだって」
私はもっと詳細を聞きたくて、質問する。「男の声で、最初は戸惑っている声だったが、そのあとは普通だった」
そう、正広は証言した。
だがここで、疑問が浮かんだ。
電話をかけてくれた人はなぜ、私のハンカチだと知っていたのであろう。
落としたところを見たのであれば、電話してきて来るような人だったら、その場で声をかけて渡してくれるだろうし、なぜ、私の家の電話番号を知っているのであろうか。
私のことを知っていて、電話番号を知っているような、異性の友達はおらず、もし私の友達に電話番号を聞いたのであれば、直接言わず、友達から言ってきてくれるだろう。
謎が深まっていき、少々、怖がっていると、正広が珍しく、良いことを言った。
「今日、電話番号どこかで書いたんじゃない?」
そう言われると、展示会場で書いたことを思い出し、そして、ある男が天使の候補に上がった。
私をトイレに導いて、少し気持ち悪い様子だった男。
天使に向かって、そんなことを言ってはいけない。でもどこで、ハンカチを使っているのを見たのだろうか、私が出た時にはその場におらず、持ち場に戻ったかと思っていたのに。
あの写真を買った時に、私の家の電話番号を知ったのだろうか。
「どんな人だった?」
正広の唐突の質問が、私の脳内に止めに入る。
「普通の人」
「普通の人ってこの世にいないよ。かっこよかった?」
「顔は優しそうな人だったよ」
「それって、女子が友達の彼氏の写真を見せた時微妙だったら使う言葉じゃん」
「そんな言葉を使う友達いないから、知らなかった」
「ふーん、彼氏にはどう?」
私は吹き出してしまった。それは、これまで、彼氏というものを作ったことがなかったからだ。
告白は何度かされたことがあったが、飛葉月影に夢中だった学生時代は恋愛に向き合おうとなんて思っていなかった。
でも、学生時代を終えると、コミュニティがなくなり、男性と会う機会が少なくなっていたので、男性と話すことが少なくなり、必然と告白という恒例行事は無くなっていった。
「ないない、あの人、女性慣れしてない感じだったし」
「それは、姉ちゃんもでしょ」
正広は言った瞬間逃げ出し、自分が怒られると思って言ったのなら、タチが悪い。
でも、想像してしまった。彼とのデート現場を。
飛葉月影の展示会で働いていたということは、ある程度は好きなのだろうか。
飛葉月影を好きなのだろう、どの写真が好みだろう、いつから好きで、名前はなんだろう、年齢は何歳で、仕事は、生年月日、趣味、恋人は、そして、私と話が合うだろうか。
私の頭が爆発した。
私の司令部が、マニュアルにない現象が起きたことが原因だろうと推測された。
要件を伝えるために、正広の部屋に向かい、勢いよくドアを開ける。
正広は飛び上がり、さっき言ったことの復讐にやってきたと思い頭を守っている。
私は呆れながら、正広の電話から聞こえる女の子の声を認知し、一度ドアを閉めドアの前で深呼吸して、次はゆっくりドアを開けた。
正広は先ほど同様、頭を守り、おびえた様子。
「電話切って」
正広は戸惑いながら電話を切り、私は覚悟を決めて言う。
「明日、私が行くから」
「どこに?」
「そ、それは、ファミレスよ」
「当然でしょ。なんで俺が行かないと、それに学校だし」
「あ、そうよね、ただ言いたくなって」
私は恥ずかしくて、ドアを閉めると、正広の声で、
「明日、姉ちゃんが人生で初めてのデート行くって」
声を聞いて、イカリとムカムカが登場し、ドアを開けると、正広はまた、頭を隠し、
「独り言だよ、独り言」
私が何も言ってないのに、分かるってことは何を言われるか、分かってたのだと思うと、少し、可愛く感じてしまった。
そして、クスっと、正広が怖がりそうな笑みを見せ、ドアを閉め自室に戻った。
私は十四時には外に出ていた。
今日は日差しが強いので、日傘をさすようにし、芸能人が付けそうな大きな帽子をかぶる。
十四時にファミレスに着くと、当然まだ彼は来ていなかった。
私は二人分のドリンクバーと小ぶりのポテトを頼んだ。
私がオレンジジュースのボタンを押していると、入り口から風が流れてきて、彼の姿が見えた。