8.講和の握手
ソラリノが案内されたのは村の中でも一際大きなお屋敷。中に入ると、10才くらいの女の子と7才くらいの男の子が人形遊びをしていた。
「お客様だ。挨拶しなさい」
「こんにちはぁ」
「わぁ」
少し間延びした挨拶がかわいかったのか、ソラリノが微笑む。
「うちの子供たちが失礼いたしました」
「いいのよ。子供は遊ぶのが仕事なんだから。わたしみたいに小さい頃から修行尽くしの生活より余程いいと思うわ」
その後客間で軽く話を交わしたところ、どうやら国民の代表、ディバーノと云うらしい20代後半の男性はこの村出身の魔導具商人だったようだ。
(かなり若いのに、もうこんなに大勢の人の心を纏めていらっしゃるのね。きっと素晴らしいカリスマ性をお持ちなんでしょう)
「なぜフレトリアからこの村に?」
「少し前にお袋と娘が病に倒れてしまいまして。急遽この村に戻ってきたんです」
「娘さんっていうのは、さっき遊んでいた年上の子?」
ディバーノは頷く。さらに彼は娘と母親の病状について話してくれた。
「どっちもしばらく衰弱しててねぇ……幸いにも、両方とも今の病状は軽くなってまして。この辺りは病院がなくて、結局原因は分からずじまいなんですけど。多分私はあの川の水を飲んだのが原因なんじゃないかなと思ってるんです」
「反乱を起こそうとしたのは……」
「私たちはただ水が欲しかった。ミアリナ様の魔導書生産によって井戸が枯れ、川の水を飲めば病に倒れる。もうどうすればいいんだと。水がないならその原因を消せばいい。ですので、私たちも独自に捜査を、特に鉱山の捜査をしていたのです」
ディバーノは遠くを見るような目になって、言葉を続けた。
「まあ、誰も帰ってこなかったんですがね」
ソラリノたちでさえ命を落としそうになった場所なのに、素人の村人たちが入っていって帰ってこられるわけがない。
「初めは、皆ミアリナ様に対して激怒していました。魔導書の生産をするときには必ず水脈を確保すると約束してくださったのに、と。今でもそういう方たちはいます。それどころか川の汚染もミアリナ様のせいだと言う」
ディバーノは紅茶をかき混ぜたスプーンを取り出すと、それを悲しそうに見つめた。だが、すぐにソラリノを真っ直ぐ見据えた。
「ですが、私はそうは思いません」
「まるでミアリナ様のことを知っているかのような物言いね?」
ディバーノは目を伏せる。その手に握られたスプーンをまた見つめているようだった。
「ええ。私はかつて幼い頃の、離宮にいらした頃のミアリナ様にお会いしたことがあるのです。このスプーンも、ミアリナ様から賜ったもの。あの方は、決して民との約束を破るような方ではない」
ソラリノは初めこそ呆気にとられたような表情をしていたものの、ディバーノがミアリナを想う気持ちについ頬が綻んでしまった。
「ミアリナ様のことが好きなの?」
途端に、ディバーノの顔は赤くなり、イーダリートの顔色が真っ青になった。
「な、何を仰るのですソラリノ様!?個人の恋愛沙汰に首を突っ込んではなりません!」
「いえいえ、そう勘違いさせてしまったのであれば申し訳ありません。従者様もありがとうございます。………ただ、昔の私はあの方に恋をしていたのもまた事実なのです。もちろん、今となっては妻一筋ですが!」
扉から覗いていた奥様の顔が少し赤くなった。実際、20代後半で子供が二人もいるあたりそれなりに仲の良い夫婦なのだろう。
「ふふ。奥様は大切になさい……と夫どころか想い人もいないわたしが言うことでもないわね」
「(ソラリノ様。そろそろお時間が……)」
言い終えると、イーダリートは下がり目礼した。
「ディバーノ様。そろそろこのお話は終わりましょう」
「そうでございますね。それでは」
2人共椅子から立ち上がると、互いに手を差し出した。講和の握手。反乱は一度沈静化したと言える状況になった。
どうやらディバーノ達が領主の館付近まで送ってくれるらしく、玄関に反乱軍の主要なメンバーが集まっていた。
「皆さんの要望は必ずわたしたちがミアリナ様にお伝えします」
「よろしくお願いいたします」
さあ出発、となったところで、突如奥様が駆け込んできた。
「し、失礼します!!あ、あなた!すぐに来て!」
「どうした?何かあったのか」
「メリッサが!急に倒れて!」
ディバーノの顔色が変わり、奥様に案内されるままに奥の部屋へ向かった。
「どういたしますか?ソラリノ様」
「うーん、普通の病気ではわたしにはどうしようもないけれど、娘さんは川の水で衰弱してたって言ってわよね?それならわたしにも治せるかもしれない」
結局、後で謝ることにしてソラリノたちはディバーノの後を追った。
「メリッサ、しっかりしろ」
「おねえちゃん、おねえちゃん」
家族が呼びかけても、メリッサはうめき声しか返さなかった。
「少し、失礼するわね」
「ほ、星巫女様!」
上手いこと隙間に入り込むと、ソラリノはメリッサの手をとった。
(魔力の流出が多いわね。やっぱり……)
「もしかして、川の水を飲んでしまったのですか?もしくは、ディバーノ様の魔導具を使ってしまったか」
「は、はい。目を離した隙に、勝手に夫の売り物で遊んでいて、止めようとしたら急に……」
これは相当びっくりしただろう。直前まで元気そうだった娘がぱたりと倒れてしまうのだから。
「おそらくですが、メリッサちゃんは体内にある魔力が本人の魔力の限度を超えてしまっているのだと思います」
人間の持つ魔力量には限度があり、それには個人差がある。それを超えると今メリッサがなっている通り、倒れたり急な疲労感に襲われたりする。また、魔導具は使っていなくても常時魔力を発している。ただでさえ魔力が上限に近いのに、魔導具に触ってしまったのならすぐに魔力が余ってしまうだろう。
(そして、これは病気ではないから医者には治せない)
ソラリノができる唯一の治療法。
「少し離れていてください」
ソラリノは魔法陣を顕現させ、メリッサに数発撃ち込んだ。
「!?な、何をするのですか!」
ディバーノはソラリノの肩を揺さぶる。無理もない。娘が急に攻撃されたのだから。
「少し待ってください」
ソラリノはベッドに近づくとメリッサの手をとった。
(魔力の流出が落ち着いたわね)
「う、うぅ……」
「メリッサ!」
メリッサは頭を押さえてゆっくりと起き上がった。息も落ち着き、顔色も良くなっている。
「すみません。手荒なことをしてしまって」
「いえ、私もとんだ勘違いを……」
わざと攻撃を受けさせて、魔力を消費させた。余剰分の魔力は回復しない。割と荒療治だがこれが一番効果がある。
「ふふ。これでもう大丈夫ね」
そう言ってソラリノは部屋を去っていった。
「今日はまあ波乱の1日だったわね」
ソラリノは伸びをする。それを真似してミミも伸びをする。
「ここのところそれが続いていましたからね。お疲れではないですか?良かったら私がハーブティーでも入れましょうか」
「ありがとう。助かるわ」
その間にもソラリノは報告書を再度確認して、資料に間違いがないか逐一見ていた。
「……膨大な量の資料ですね」
イーダリートが驚くのも無理はない。紙は10cm近く積み上がっていた。
「ええ。流石に多いと思うのだけど、どれを抜くべきか分からなくて」
「お手伝いいたします」
ミミはもう寝息をたてていたが、2人は一晩中書類の積み上がった机と向き合っていた。
「で、できたわね……」
「これくらいなら読むのに差し支えないでしょう」
次に太陽が昇ったとき、ソラリノの下瞼には真っ黒な隈ができていた。
(一体どれくらいの書類を読んだのかしら……)
もう後はこれをミアリナに見せるだけだ。ソラリノは意を決してフレトリア行きの馬車に乗り込んだ。
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反乱軍のリーダーの登場です。特に誰かをモデルにしたわけではないのですが、書き終わってみたらとある知り合いに似ていました……まさかそうなるとは、と驚きを隠せません。深層心理が働いたのかな……?