6.鉱山の秘密
(あ、暑い……)
一行がたどり着いたのは採掘場の内、精錬所だった。溶解炉の火が照りつける。
「人は、少ないようですね」
「魔力探知器もなし……少し進んでみましょう。でも、あまり人に近づかないようにね」
周りには労働者であろう屈強な男たちがおり、認識阻害魔法が見破られてしまった場合、すぐにやられるだろう。
しばらく歩くと、今度は鉱石の集積所に出た。山のように積み上げられた鉱石は、そのすべてが光を反射していなかった。
「なんか……全部キラキラしてないね……」
「ここは…クズ魔法石の捨て場、なのかしら?」
ソラリノは前に拾った魔法石の欠片を手に取る。
どうやら同じ種類の魔法石のようだ。
「不可解ですね……普通の鉱山であればここまでクズ魔法石が発生することはないんですが……」
イーダリートの独り言が理解できなかったようで、ミミは首をかしげた。
「……??どういうこと〜?」
「これには、魔法石の定義が関わってくるから厄介なんだけど……」
基本、魔法石は火、水、風、土のどれか1種類の属性を帯びた魔力を持った石を言う。このパーセンテージがどれだけ1つの属性で占められているかが石の純度であり、高いほど良いとされる。そして、各属性の魔力を同じくらいの割合で帯びている石のことをクズ魔法石というのだ。
「つまり、クズ魔法石は各属性の魔力が同等に存在する場所でしか発生しないのよ。そして大体の土地の魔力属性はどれかに偏っているわ。だからここまで大量発生することはほとんどないの」
「それに、ほぼクズ魔法石しかとれない鉱山を魔力探知まで使って守ることが理解できないのです。利益にならないものを、高価な設備まで使って守ろうとするところが」
そう言い終わるところで、人が入ってきた。
「よし、こいつらを次のとこへ運ぶぞ」
「はー、俺嫌なんだよな、次のとこは川べりだぞ?長いトンネルしばらく通ってかなきゃなんなぇし、クズは重いし……」
「まあ、運ぶだけでそれなりの金が貰えるんだ。だが大公殿下も太っ腹だなぁ。こいつら運ぶだけで金をくれる」
男たちの言葉に、ソラリノは驚きが隠せなかった。
(これは国営ではないと思っていたけれど、まさか大公が秘密裏に運営しているの!?)
まさかあの大公が、と思いつつも置いていかれないように必死でついていく。なんとかついていくと、突然視界が開けた。
(これは……外に出たのね。水の流れる音が聴こえる……川が近い)
森の中で迷わないよう、魔法石を運ぶ男たちだけを見る。
(でも、何のために川まで行くの…?これは捨てる石でしょう?)
この問いは、すぐに解明された。
「え……?」
ソラリノは、眼の前に起こっている状況を理解できず、声を漏らした。
「これは……」
イーダリートも同じようだが、彼はすぐにこの状況が何を意味しているのか察したようだった。
(クズ魔法石を、水にさらしている!?)
水にさらす工程は研磨された魔法石しか行わないはずだ。だが、ここでは研磨どころか出荷しない魔法石を全て水にさらしている。
(そんなこと、なんの意味があるの?ただ川が魔力で汚染されてしまうだけでしょう?)
魔力を消すパイプも無く、これではただただ汚染しているだけだ。そもそもこれを大公は知っているのだろうか?知っていてそのままにしているのか?そんな問いが頭を駆け巡る。
(とにかく、ミアリナ様に伝えないと……!)
だが、時既に遅し。ソラリノの潜入を予期した大公によって、鉱山にはすでに多くの刺客が放たれていた。
「なんだか、鳥が騒がしいですね……」
イーダリートが空を見回す。確かに彼の言う通り、鳥が鳴きながら飛び立っていく。
(鳥は気楽ね。自由でいいなぁ)
「……!?ソラリノ様!」
ぼーっとしていたソラリノの腕をイーダリートが思いきり引いた。
その瞬間、ソラリノがいた所の壁に魔力弾が着弾していた。
「ふぇ!?何何どうしたの!?何が起きてるの!?」
「ミミは落ち着きなさい!ソラリノ様、ここから脱出します!どうやらこちらは狙われているようですから!」
そう言いながら、彼はソラリノの手を引いて駆け出した。
(全く…!何が起きているのよ!魔力探知にも引っかかってないし、見つかってもいない!なのに何で!)
急な正体不明の敵の襲来に浮足立ち、今はところ構わず逃げ回っている。
「かなりしつこい敵ですね。認識阻害魔法が効いていない。あるいは魔力探知を使っているのか、ですね」
イーダリートは一瞬だけ戸惑いの表情を浮かべたが、すぐに引き締める。
「ソラリノ様、20秒だけご自分の力で逃げてください」
いつもに増して真剣な彼の表情を見て、ソラリノは困惑する。
「何をするつもり?」
「少し再起不能にしてきます」
それだけ言い残すとイーダリートは姿を消した。
「ちょ、ちょっと!もう!分かったわよ…!」
ソラリノは全速力で森を駆け抜けた。
「ま、撒けたのかしら?」
途中までしつこいほどに追撃されていたが、パタリと止んだことからもう問題ないと判断した。
「さっきの魔力探知抜けたとき以上に大変だったね……」
息を整えているとイーダリートが遅れて来た。
「お待たせいたしました」
「大丈夫なの?」
「ええ。相手はまあ短くて半日は動けないでしょうね」
戦闘してきた割に息が整っており、身なりも崩れていない従者を見て、ソラリノは苦笑した。
「相手は魔力探知を全開で使っていたので、ほぼ魔力切れ状態でしたね。むしろよく持ったほうだと思います。ですが、攻撃力はあまりありませんでしたね」
「イーダリートが無事で良かったわ。じゃあ、逃避行の続きを始めましょうか」
「言い方はもうちょっと何とかならなかったの〜!?」
一行は周囲を警戒しながら走り出した。
(疲れたな……なんか色々)
ミミはソラリノの肩に乗りながら辺りを見回した。
(でも、どんなすごい鉱山があるかと思ったら割と普通の鉱山だったから、ちょっと拍子抜けしたかも……)
何か変わっているところはないかな、ともう一度見回すと、ミミの視線はある一点に留まった。
(あそこは、ボクたちが入ってきたところだよね?貨物車があるからたぶん出荷用の出口で……ん?)
ミミが不可解に思った部分は、貨物車用の線路がなかったことだった。線路がなければ運び出すことができない。車両だけあるのもおかしな話だ。
(ソラリノに言わないと……)
ミミが口を開こうとした瞬間、甲高い音がした。
「ふぅ……やはり他にもいますね。気づけてよかった」
音がしたほうを見ると、イーダリートがナイフを抜いて小さな鉄球を弾いていた。
「油断したつもりはなかったのですが。でもお怪我がなくて良かったです」
「わたしのことは良いわ。だから早く脱出しましょ。もう囲まれてるかもしれないけど」
駆けるスピードが速くなる。
(ど、どうしよう。線路のこと伝えられる雰囲気じゃないよね……でももう一度ここに来ることもできないし……)
画像として、残せたらいいのに。ミミはそう強く思った。ソラリノたちの役に立ちたい。『使えない奴』だなんてもう嫌だ。お飾りでもない。
(ボクは『魔獣』だ!魔法が不可能を可能にするものならば、魔法が具現化したボクだって同じはず!)
ミミの頭に多大な情報が流れ込んでくる。だが、それすら気にもならないほどに集中していた。
ミミの視界が、白く弾けた。
「大丈夫?ミミ」
ソラリノは目を覚ましたミミを撫でた。
「ここ、は……お城?」
「領主様のお屋敷。あなた2日も眠りっぱなしだったのよ?」
ミミは目を瞬かせて、虚ろな目を擦った。
「起きましたか。意外にタフですね」
「え?なんのこと?」
視界が弾けてからの意識がないミミは首を傾げた。
「あなた少なくとも10回は魔法が直撃してましたよ」
「ええ。わたしが庇ってなんとかしてるのにふらふら〜って歩きだしてしまうんだもの」
「え?え?」
曰く、ミミは急に眠ったかと思えば、敵に周りを急に取り囲まれ、乱戦状態に陥った上にミミが勝手に歩きだしてしまい、庇いながら命からがら逃げられたそうだ。
「そ、そうなんだ……」
ミミはしばらく呆気にとられていたが、不意に何かを思い出したかのように手を打った。
「そうだ!これ見せないと……」
そう言うミミの手はこれまで何度もそうしてきたかのように淀みなく動いていた。
「これっ!」
ミミが声と共に出したのは、魔法で作った画像だった。