3.離宮の主
馬車のドアが開かれる。王宮からそんなに経っていなかったが、ソラリノには酷く長く感じられた。
「体が痛いわ……動かなかったせいね」
「それはソラリノ様が変な体勢で座っておられたからでしょう?」
イーダリートの言う通り、ソラリノの座り方は奇妙の一言につきた。真っすぐ前を向けばいいものを、窓の外が見たいからと窓に対して垂直になるよう体育座りしていた。
「あれは外が見たかったからよ」
「絶対に人前でなさらないでくださいね。絶対に」
「おおーい、誰か来たよー?」
器用にソラリノの腕から抜けたミミが、ある方向を指す。だが、その先には何もおらず、2人は首をかしげた。
「……誰もいないわよ?」
「うっそだ〜、ほら、あそこ……」
更に目を凝らすがぜんぜん見えない。
それを怪しんだイーダリートが、ミミを抱き上げ、めっとしようとした、その時だった。
「やっとお出でになられたか。星巫女様」
胸に深く響く声が、ソラリノの耳元で発せられた。
「いやはや待ちわびたよ。まさかここまでおいでになるのにここまで時間がかかるとはな。ははっ」
声に驚いて振り向くと、金色のカールした髪を耳の少し下まで伸ばした髭面の男性がいた。
(敵、ではないのかしら。敵意は感じられないわ)
「おおっと、驚かせてすまないね。まあ立ち話もなんだ、中に入ろうじゃないか」
彼はついてこい、というように手招きし、歩きだしてしまった。
「ついていって、いいのかしら?」
「いーんじゃない?悪い人じゃなさそうだよ」
「私は心配なのですが……あの男、物腰柔らかく見えますが、内に黒いものを秘めているように感じました」
イーダリートは剣の柄に手をかける。もし何かあればすぐに守る、という意思表示なのだろう。
(そんな分かりやすく敵対心を示さないの……!)
従者としては立派な心構えだが、外交に於いてはそれが裏目に出ることもある。それが不安なソラリノだったが、すぐにイーダリートが手を離したことで、その不安は晴れた。
「ははは、城内の装飾はどうだ?」
「これは儂のお気に入りの壺なのだ」
「窓をご覧。素敵な眺めだろう?」
ソラリノは退屈していた。当然顔には出していないが、髭の男性から聞かされる離宮の自慢話に辟易していた。
(いいから早く目的地に行かせてちょうだい……!)
ソラリノの怒りが沸点ギリギリまで来たところで、突然髭の男性が振り向いた。
「ああ、そういえば儂の紹介をしていなかったね。儂はアルビー•フトゥルオフ。この国の大公だ」
(ああ、やっぱり)
傲岸不遜な物言いに、堂々とした立ち居振る舞い。そして、我が物顔で離宮を案内する姿。わからないわけがない。星巫女にここまで無礼な振る舞いができる者は世界でも限られる。
「ミアリナから聞いたぞ。お前たちは北東の混乱を収めてくれるそうじゃないか。実に頼もしい」
「ええ。ですから、混乱を早期に収めるためにもなるべく早くに向かいたいのですが」
「まあそう焦るでない。急がば回れという言葉もある。ゆっくりここで情報収集に徹するのも悪くはなかろう?」
大公の語り口にはどこかソラリノたちが北東部へ向かうのを止めてほしいという願いも見えたが、ソラリノはさほど気にする素振りもなかった。
「せっかくのお話ですが、少し考えさせていただきたいです」
「こちらも決断を急かすつもりはない」
そうして、大公との予期せぬ面談は終わった。
「ねー、イーダリート。あの大公の話どうする?」
「ねぇイーダリート、大公殿下の話どうしようかしら?」
「……少しはご自分で考えてください。特にソラリノ様。一応あなたは次期女王なのですからね。私はどうしても結論が出なかったときの助け役です」
白い髪を櫛でとかしつつ、適当に魔法をいじって遊ぶソラリノを見て、イーダリートはため息をついた。
「(本当にこんなのが次期女王でいいのでしょうか?)」
「なにか言った?」
「いいえ、なにも」
だがソラリノも馬鹿ではない。考えるべきことは考えている。
(大公殿下の言うことも一理ある。ただ、何かが引っかかる。何か、大公殿下には裏がある。そして、イーダリートもそれは気づいてる)
外交で大事なのは妥協しないこと。少しでも弱気なところを見せれば、相手は直ぐにその隙を突いてくる。
(それに、ここにそんなに情報があるとは思えない。もしあっても、それは無用の長物)
反乱の情報については、ミアリナから資料をもらっている。それにはかなり詳細な情報が記されており、反乱軍の推定メンバーさえ性別から癖、話し方の訛りまで載っていた。
「大公殿下の申し出は、断るわ」
「そうですか。それでは私のほうから伝えておきましょう」
その日は、いつもに増して眠りにつけなかった。
その日の午前中は暇だった。お断りの話はイーダリートが請け負い、ソラリノに何か役割がもたらされることはなかった。
知らせが入ってきたのは昼食をとっているときだった。
「大公殿下から許可が出ました。まさかここまであっさり行くとは思いませんでしたが」
イーダリートの帰りが遅かったのは大公の自慢話に延々と付き合わされたからで、交渉自体は疑いたくなるほどに円滑に進んだ。
「それじゃあ、出発の準備ね」
「今から!?行くの!?」
「ええ、早いほうがいいでしょ?」
とんでもない勢いで荷物をまとめるソラリノを、ミミはお化けでも見たような顔で見ていた。
「またこの馬車に乗るのか〜、体が痛いよー!」
「仕方ありません。馬車とはこういうものです。これが現時点で人間の一番早い移動方法なのです」
馬車旅が嫌いなミミをイーダリートがなだめる。だが、ソラリノはというとひたすらミアリナの資料を読み込んでいた。
「ソラリノ様?あまり細かい字を読まれますと、馬車酔いしますよ?」
「大丈夫よ。今は考え事をしてただけ。どうやったら相手の心を掴めるかってね」
「どんな案なのかお教え願えますか?」
「まだ粗いけれどこんな感じよ」
ソラリノは、反乱をただ止めるのではなく、その原因を消そうとしていた。反乱の原因。それは作物の不作だった。ここ数年、北東部は付近の地下水脈が枯れ始め、満足な量の水を手に入れることができないでいた。この地下水脈が枯れた原因が、ミアリナが推進した魔導書の大量生産だった。当然、水を失った村民たちの怒りはミアリナに向く。反乱になるのも頷ける。
「つまり、よ。水の安定的な供給を実現できれば、反乱の原因自体は消えるわ。そうすればミアリナ様の支持は回復し、またわたしの信用、名声も高まるってわけ」
「では、細かいことはこれから考えていきましょうか。もしかすると、そこまで単純な理由だけではないかもしれませんから…」
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今回はミアリナと何かありそうな大公の登場です。大公代理と大公。次の話では2人の間の確執が明らかになります。次の話もお楽しみにしていただけると嬉しいです!