第七話 深蒼剣リベリオン
薄暗い部屋に士官学校でも長い経歴を誇る教員たちが集まり、蝋燭を取り囲み書類に目を通していた。
「最後の一枠ですが……」
「私はリュート訓練兵を推薦します」
「私もです」
「俺もだ」
そう言って、何人もの教官がリュートの名を上げて行った。
「そこまでですか? 噂の半森人の訓練兵というのは」
実はリュートは教員たちの間でも、かなり話題に上がる生徒だった。
単純に士官学校創設以来初の亜人の生徒だからというワケでは無い。
剣術を教えるジェレミー曰く、その腕前はそこいらの剣士を凌駕する物。士官学校全体を見渡しても並び立てるのは五人にも満たないだろう。と。
魔法を教える教官曰く、その魔力操作はすでに宮廷魔術師級。緻密な魔力操作と膨大な魔力量によって、凄まじい魔法を放つ場面を見た。その底は今だに知れない……、と。
ほとんどの教官が似た様な事を言っていた。
要約すると、リュート訓練兵はレベルが違う。という事だ。
「だが、一年生でしかも半森人なんて……。異例中の異例だ」
「半森人だから何なのですかな? 貴方はこの士官学校が掲げる理念をお忘れなのですか?」
「い、いや、しかし体裁が……」
丸々と太った顔を顰めて反対すると、ジェレミーが切り込んだ。
教官側にこの様な男がまだいるなんて信じられなかったのだ。
「尚更ですな。実力がある者を意図して排除したと知られれば、亜人の国民達からの猛反発は免れますまい」
「お、仰る通りです」
「では最後の一名は、リュート・マイリヒト・リスト訓練兵で」
「「「異議無し」」」
ジェレミーによって、士官学校の判子が押された。
その書類が本人に届くまで、後二日……。
闘技場での秘密の模擬戦が終わり、部屋に戻って来ると武器の手入れを始める。
これは常日頃から行っているルーティンで、どんなに疲れていてもこれだけは欠かさなかった。
「そう言えばリュート君はその剣に思い入れでもあるの?」
何気無しにそんな事を聞かれる。
だが俺が使っている長剣はちょっと頑丈な事が取り柄の量産品だ。思い入れなんて当然無い。
「そうだ! 明日、一緒に剣を買いに行こうよ!」
「っ、行きたいです!」
そろそろちゃんとした剣が欲しいと思っていた頃だし、このタイミングで嬉しい申し出だった。
仮にも子爵家の子息だし、貯金もある。それなりの品を買えるはずだ。
「それじゃあ決まりだね! あっ、どうせなら待ち合わせにしようよ! 僕が後から部屋を出るから、帝都の中央噴水広場で待ち合わせね!」
「はい! 分かりました!」
次の日。貴族服以外で外出用の私服を着て、噴水の近くでアレックス先輩を待った。
時刻は待ち合わせ時間より三十分前くらいか。
しかし、何と言うか……。周りがカップルだらけだ。
どうやら俺が知らなかっただけで、ここはデートの待ち合わせスポットだったらしい。
雰囲気が甘くて長くは耐えられそうにない。早く来てくれ、アレックス先輩。
「リュート君! お待たせ!」
「あっ、アレックス先……、ぱい?」
滅茶苦茶可愛い……っ?
いや、服装は男物だ。だが何だろう、雰囲気が可愛い。
今までは気付かなかったが中性的な顔付きと優しく無邪気な性格のせいで、まるで女の子の様な笑顔なのだ。
その笑顔には俺もドキッとするものがあり、頬が熱くなった。
「どうかな?」
くるりと回って、服の全体像を見せて来るアレックス先輩。
その仕草、可愛すぎるのでやめてください。
「えっと……、良く似合っていると思い、ます……」
「本当っ!? やったね!」
アレックス先輩は嬉しそうに、それでいて小さくガッツポーズをする。
ああもう、仕草が一々可愛い!
「ここからそんなに離れて無いからすぐに着くよ! ほら、行こっ!」
「あ、ちょっ、待っ!」
どこかはっちゃけ気味なアレックス先輩に手を引かれ、俺は走るのだった。
噴水広場がある大通りから少し離れた路地を曲がり、裏路地に入って行く。薄暗くて湿気が凄いが、こんな場所に店があるのか?
「ここだよ」
ぱっと見ではただの店に見えるが、店の煙突からもくもくと煙が上がっている。
木の看板には【岩窟の鍛冶屋】と店名が刻まれていた。武器屋でもあり、鍛冶屋でもあるのか。
初見では入りにくい雰囲気だが、アレックス先輩は物怖じせずに俺の手を引いて入って行った。
「お久しぶりです! 後輩を紹介しに来たよ!」
「お~うっ、いらっしゃい! アレックスの坊主! そして森人……、いや、半森人か!」
「そういう貴方は岩人ですね?」
「ガハハ! うむ、岩人の鍛冶師ドランっちゅうもんじゃ! よろしくな、小僧!」
カウンターの奥から現れた店主は身長が低い髭面のおっさんだった。煤だらけの顔や手を見ると、今まで剣を打っていたのかもしれない。
「まあ好きに見て行ってくれや。と言っても、ウチに数は置いてないけどな」
ドランさんの言う通り、店の中に置かれている武器はかなり少なかった。
壁際に置かれた樽に乱雑に差された剣や槍などの武器。恐らくは失敗作や上手く行かなかったものがあそこだろう。
次に壁に掛かっている、数十本の武器達だ。それらは全て業物だと、ここから見ただけで分かった。
「ほらほら、これなんてリュート君に合うんじゃないかな」
と言って、アレックス先輩が率先して武器選びを手伝ってくれた。
「ふうむ。アレックスの坊主とは士官学校での付き合いなのかい?」
「はいっ。ルームメイトとしてお世話になってます」
「て事は、貴族の出か……」
「子爵家の三男です」
「へえ。そいつぁ……、災難だったな」
ドランさんは辛そうに顔を顰めた。
だが俺はすぐにドランさんが勘違いしている事に気が付いた。
「あっ、いえ! 俺は得に不自由せず、両親から愛されて育ちましたよ!」
「へえ、そうかい! そいつは良かった!」
まあ、差別意識の高い貴族の家に産まれた半森人だと聞けば、亜人なら誰でも悲惨な事を思い浮かべるだろう。
だが実際はそんな事は無く、確かに反発もあったが、愛情を注いで育てて貰った事に変わりは無い。
「ガハハ! まあ、ゆっくり見てくれや!」
そして俺もアレックス先輩と共に武器選びに戻った。
俺が主に使用するのは長剣だが、最近は魔法を併用して戦う事が多いので、もう少し片手でも振るいやすい物が良い。
そうなってくると選ぶ剣が限られてくる。
ふと見上げると、一瞬で目を奪われた剣があった。
「これは……」
「リュート君?」
手に取り、握ってみる。
――――馴染む。
それに軽くて良い。刀身も蒼く輝いていて格好良い。
刀身に刻まれた銘は、深蒼剣リベリオン。
その銘に、刃にどこか運命に似た共感を覚えた。
値段は一千万リルか。高いが、貯金をほぼ切り崩せば買える額だ。
「これにします」
「ほう。ほうほうほう! そいつを選ぶか、小僧!」
即決で、カウンターに持って行った。
これしかないと思ったからだ。
するとドランさんは腹を抱える程、ガハハと大笑いを上げた。
「そいつはなぁ、ワシの孫が打った剣なんじゃよ」
「お孫さんが?」
「うむ。ワシの自慢の孫じゃ! 選んでくれた事に感謝するぞ! 今は所用で出払っているが、売れた事を知ったらきっと喜ぶじゃろうて!」
「はい。大切に使います!」
こうして俺は新たな相棒、深蒼剣リベリオンを手に入れたのだった。
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