第六話 日常と変わる日々。
あれから一週間。寝不足な日々が続いていた。
「ふわぁ……」
「おはよう、リュート君」
「おはようございますぅ……」
「あはは、眠そうだね」
アレックス先輩はもう身だしなみバッチリみたいだけど、どうしてそんなに元気なんだろう。
俺はアレックス先輩に忘れ去られた闘技場を教えてもらった日から毎日、夜は抜け出して模擬戦をしていた。
俺が身体強化を織り交ぜた剣術なのに対し、アレックス先輩は素の剣術のみで戦っていたのに、ほとんど敗北を喫していた。
数えてはいないけれど、多分百敗はしている。
だが俺もただ負け続けているわけでは無い。
しっかりと反省を生かし、次の闘いに活かせる様に工夫しているのだ。
アレックス先輩にはそうした姿勢を褒められ、時々アドバイスをくれる様になった。
あれだけ凄い剣士なのに、どこか自信が無かったりするのはどうして何だろう。
「うんしょ、ほら。早く支度しないと置いて行っちゃうよ?」
「わっ、待ってくださいよ~!」
時計を見ると食事の時間だったので、慌てて準備をした。
本日の授業は剣術だった。
木剣を持ち、士官学校の演習場でペアを組み、簡単な模擬戦を行った。
俺の相手はベッカムだった。数日間の謹慎と罰としてトイレ掃除一週間を言い渡されたらしく、俺の事を鋭く睨んでいた。
模擬戦が始まると、ベッカムが本気で俺の事を殺す勢いで木剣を振り回して来る。
流派とか剣術とかが無い。これがいわゆる、無知の剣だな。
いかに木剣とは言え、当たり所が悪ければ人は死ぬ。
俺はステップを踏み、剣を使う事無く、ベッカムが振るう剣とも呼べぬ棒切れを避け続けた。
少しすると体力が尽きて来た様で、動きが鈍くなって来た。
「このっ、ハァハァ……。逃げるなっ! ハァ、卑怯者! ハァハァ……、俺様が怖いのっ、ハァ……かよ!」
この激しい動きの中で、肩で息をしているのが分かるくらい疲労している。
可哀想だし終わらせるか。
「ハァハァ、このっ――――グヘェッ!?」
大きく剣が振り上げられたその瞬間に、鋭く木剣でベッカムの腹を突いた。死にはしないが最悪な気分だ。しばらくは吐き気が消えないだろうな。
「ふう」
木剣を下ろし、一礼してその場から下がった。
何と言うか、アレックス先輩との模擬戦の後だと、尚更物足りない気分になる。
と少し憂鬱な気持ちでいると「「「おぉ~っ!」」」という歓声が湧いた。
驚いて周囲を見渡すと模擬戦を終えたクラスメイトが集まって来て、観戦に回っていたのである。
「素晴らしい」
その中の一人、ジェレミー教官が拍手をしながら近づいて来た。
「まるで熟練の剣士の様な体さばきですね。その剣術はどこで習ったのですか?」
「っ、私の剣の師匠から習ったものあります!」
「なるほど。その方が凄腕の指導者だったのか、もしくはリュート訓練兵が天才だったのか。どちらにせよ、貴方の実力は他の一年生とは一線を画しますね」
これまでにない高評価だ。
クラスメイト達もその評価に騒めき、俺に視線を集めた。
何と言うか、値踏みされている様な気持ちだ。
「……ふむ」
そんな中、ジェレミー教官はただ一人、神妙な顔をして顎を擦るのだった。
翌日。今度は魔法の授業が始まった。
俺達はまたも演習場に出向き、魔法を放つ訓練を行う事になった。
演習場は広いため、思う存分魔法の練習が出来る。みんな、かなりやる気になって魔法を放つ訓練をしていた。
その一方、俺は他のみんなの邪魔にならない演習場の端の方で訓練をしていた。
「風」
風を巻き起こす、初歩中の初歩の風魔法だ。
だがこういう初歩の魔法は基礎魔力操作の訓練に向いている。
俺は風を全身に纏わせるイメージで、順々に方向を操作して全身に風を巡らせた。
やや気温が上がって来たので、これほど今日に相応しい訓練は無いだろう。あー、涼しい。
「……凄い。何て緻密な魔力操作だよ」
「あれって宮廷魔術師とかそういうレベルじゃないのか?」
かなりリラックスしていた俺は、そんなクラスメイトの言葉を聞く事が出来なかった。
少しして涼んでいると、一人のクラスメイトが目に入った。魔法を放とうとしているが、魔力操作が上手くいかずに苦しんでいるみたいだ。
だがあれじゃあ、魔法が発動するわけが無い。
うーん。
色々と悩んだ末に、俺は話しかける事にした。
「……ねえ。それじゃあ魔力が練り辛くない?」
「えっ?」
俺が声を掛けると、かなり驚いたみたいだ。
「魔力の流れが淀んでいるよ。まるで川の真ん中に巨石を置いて、無理やり方向を変えているみたいだ。そうじゃなくて、川の形そのものを変えるイメージで――――」
「で、でも。これが教本通りで……」
「いいから。ほら、まずは魔力をこういう流れで」
俺はクラスメイトの腕を握り、僅かに自分の魔力を流し込む事で、イメージをしやすくする。
その意図が分かったのか、クラスメイトも俺と同じように魔力の流れを変えた。
「そうそう。そして―――――、撃て」
「っ、水弾ッ!」
そして放たれる、水の弾丸。
魔法授業の教官が設置してくれた的に見事に直撃し、粉々に粉砕して見せた。
「す、凄い!」
「だから言ったろ? そのイメージを忘れなきゃ、他の魔法も大丈夫だよ」
俺がそう微笑み掛けると、「ありがとうございました!」と大袈裟に頭を下げられた。
ちょっと恥ずかしいが役に立てたなら良かった。
そう思って自分の訓練に戻ろうとすると、別のクラスメイトから呼び止められた。
「な、なあ、リュート。俺の魔法も見てくれないか?」
「僕もちょっと、途中で威力が弱くなっちゃって……」
五名程のクラスメイトが集まって来た。
誰も彼もが俺にアドバイスを求めて来る、謎の状況。
謎だが、こうして半森人の俺を頼ってくれるのが嬉しくて、受け入れてしまった。
いつの間にか魔法授業の時は教官の様になっていて、一クラス三十四人中、十一人が俺に魔法を教わりに来るようになった。
作者の励みになるので「面白かった」「続きが読みたい」などと思ってくれた方は高評価やブックマーク、感想などを是非よろしくお願いします。