第五話 忘れ去られた闘技場
「ふんふふ~んっ」
「楽しそうですね。何かあったんですか?」
その日の夜、食堂で食事を取った後、部屋で本を読んでいるとアレックス先輩のご機嫌な鼻歌が聞こえて来た。
「えへへっ、そうなんだ! これ見てよ!」
「っ、闘技大会への出場! 凄いですね!」
驚愕。アレックス先輩がにや付きながら見つめていた書類は闘技大会出場を通知するものだった。
「アレックス先輩……、強かったんですね」
「酷くない!? 僕、これでも学園でも三本の指に入るぐらい強いんだからね!」
いや、俺も弱くはないと思っていたんだが、まさかここまでとは思っていなかった。
アレックス先輩はぱっと見は剣を振るえると思えない程に細身だ。だが今日、ベッカムを殴り飛ばした様に筋力は申し分ない。
初対面の時に握手した時のごつごつとした感触、あれはマメの跡だろう。俺と同じ様に毎日何百、何千と剣を振っている証拠だ。
この闘技大会出場の書類は、果てしない努力の結果なんだろう。
「アレックス先輩は魔法も使うんですか?」
「身体強化くらいかな。魔法を使える程、器用じゃないから剣術一本で頑張ってるよ」
情けないけどね~。と笑いながら頭を掻くが、魔法を使わずに剣術だけで闘技大会出場を決めるなんて普通じゃない。
かつては剣術は剣士が、魔法は魔術師がって言う風に専任させる事でより突出した存在を生み出す事に士官学校は視野を置いていた。
だが最近では剣術と魔法の両方を扱い、近距離、中距離にも対応できる万能型が人気となっている。魔法が苦手な者は、魔力を注ぐだけで魔法を発動できる魔導具を使い、アドバンテージを解消している。
そんな時代で剣術だけで、ここまで上り詰めるなんて……。
「凄いです、アレックス先輩!」
「えへへ~。そうかな~」
アレックス先輩が嬉しそうに笑った。
「よしっ、リュート君に僕が良い場所を教えてあげるよ!」
「良い場所?」
「付いて来て!」
「ちょっ、今は深夜……」
「早く早く~!」
と、テンションが上がって抑えが聞かないアレックス先輩に手を引かれ、寮の廊下を駆けるのだった。
領を抜け森に入り、走る事、十分。
寮からかなり離れた森の中に洞窟が見えて来た。どうやら目的地はそこの様で、アレックス先輩は迷う事無く洞窟の内部に入った。
最初は薄暗くなっていたが、しばらく進むと明るい空間に出た。
そして絶句した。
「凄いですね……」
「そうでしょ? 僕も初めて見つけた時はそんな反応だったよ」
最初に視界に写った物をそのまま言葉にするならば、闘技場だ。しかし普通の闘技場では無く、恐らくは古代の遺物だ。現在の闘技場は技術を集約され建造されるが、ここは明らかに粗く拙い造りになっている。
これだけしっかり見えているのは、天井が吹き抜けになっている事が影響している。どうやらこの闘技場の真上には山があるらしく、岩盤が高く聳え立っている。だがその穴から、眩いばかりの月光が差し込み、この空間を照らしている幻想的な光景がそこには広がっていた。
「僕はこう呼んでるんだ」
自然と、一部隠れていた月の姿が露わとなり、月光がアレックス先輩を照らした。
「――――“忘れ去られた闘技場”ってね」
人が足を踏み入れてくれた事に、まるで闘技場が喜んでいる様だ。
「さて。僕がリュート君をここに連れて来た理由だけど……」
アレックス先輩は持って来ていた剣を抜き、構えた。
朽木の様に頼り無く、叩けば折れてしまいそうな細剣だ。
「僕と模擬戦をしようよ」
言葉と同時に放たれる、闘気。
まるで大剣を所持している様に錯覚させる程の闘気に、思わず俺は怯んだ。
「ッ、是非! お願いします!」
だが俺も一人の剣を志す者だ。圧倒的な強者であると分かっていても、そこから得るものは何か無いかと愚考してしまう。
持って来た長剣を抜き、構えた。
「よし。実力を測るためにも、最初は魔法無しでやってみようか」
「はい!」
特に開始の合図は無く、ふっと空の穴から風が吹き、お互いに動いた。
アレックス先輩は凄まじく素早い動きだが、捉えきれない程じゃない。
「はあっ!」
「おっ、良いね」
一太刀。次いで二太刀、三太刀と打ち込んだところで、俺は数歩下がって距離を取る。
手応えが無い。まるで実体の無い敵と戦っている様だ。
その正体は――――。
「“柔剣”」
「おっ、知ってるんだね」
「師匠から存在だけは教わりました」
「そっか。優秀な師匠だったんだね」
剛剣と無知剣と柔剣。
ディーナには流派以前に、大きく分けると三種類の剣技があると教わった。
剛剣。腕力で捻じ伏せて己の土俵に持ち込もうとする、剛気の剣。
無知剣。技術を持たず、力量があらず。ただ身体に任せて剣を振るう愚者の剣。
この世にいる剣を振るう者、その大半の者が無知剣であり、残りのほとんども剛剣だと教わった。
しかし極稀にあらゆる攻撃をいなし、防ぐ。ある意味では最も恐ろしく、豪胆でありながら、幽霊の様に実体が無い。そう感じる、柔剣の使い手がいると。
剣を志し、流派を極めても、大半は剛剣に収まると。
柔剣の素質を持つ者は滅多におらず、柔剣は相手の剣を避け続ける事が多いため、
「光栄です。まさかアレックス先輩が、そんなに凄い人だったなんて」
「僕なんてまだまだだよ。柔剣と言っても、ただ紙の様にゆらゆらと避けているだけだからね」
「だとしてもですよ。俺にとって、こうして模擬戦が出来ただけでも将来の財産になりますよ」
「うん……、僕に剣を教えるなんて烏滸がましい事は出来ないけれど、模擬戦の中でリュート君が何か成長できればいいなって思って誘ったんだ」
「っ、ありがとうございます! 」
「うん! 全力で来なさい!」
胸を借りるつもりで、全力で。
結局俺は身体強化をして戦ったのに、アレックス先輩に身体強化を使わせる事が出来ずに、十四敗もした。
あれが柔剣――――剣術の技なんだとこの身を持って実感する事が出来た。
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