第四話 人間至上主義 ベッカム
初日の教習はほとんどが一年間で行う訓練内容、基本的な軍隊で使用する用語、基本陣形の説明が行われた。緊張をほぐす目的もあったのだろう、かなり緩い一日だった。
最後に明日からの訓練は非常に厳しいものになるので、気を付ける様にと釘を刺された。
「……なんですか?」
ジェレミー教官が教室を出た後、俺は寮に帰るために廊下に出ようとすると三人の男に道を阻まれた。
「ちょっとお話しようぜ、半森人」
確か名前はベッカム・オイル・ゲルーゾだ。代々騎士を輩出する名門 ゲルーゾ侯爵家の出身だ。騎士の多くは自分達に誇りを持っていて、ベッカムもその影響を受けているのだろう。
取り巻きの二人はヴェリウス・ロンド・マルタス、クリーク・コラソン・ブリーゾム。どちらもゲルーゾ侯爵家に代々仕えていて、おそらくこの二人も幼い頃からベッカムに仕えるさだめの様だ。
「確かに俺は半森人だが、中途半端なんて名前じゃないぞ」
「間違ってねえだろ? 汚らしい奴隷種族との混血なんだからよ」
ふつふつと。沸々と、怒りが湧いて来る。
目元を鋭く細め、ベッカムを睨み付ける。
「それは種族差別だ」
「差別じゃなくて区別だ」
「っ、いい加減にしろ、ベッカム!」
「口の利き方に気を付けろよ、半森人。俺は侯爵家の次男で、お前は子爵家の三男だ。身分が違うんだよ。ああ、まあ能無しの奴隷種族だし仕方が無いか」
駄目だ。駄目だ。駄目だ。
ここで手を出せば良くない印象を与えてしまう。
あくまでも冷静に対応するんだ。
「そもそも士官学校では身分に囚われず、同じ訓練兵という扱いになるはずだ」
「ふん。貴様の様な奴隷種族に人間のルールが適応されるわけが無いだろう」
「俺が帝国民であり、この士官学校の正式な生徒であるのだから適応されるさ」
「……チッ、奴隷解放宣言の後から身の程を知らぬ奴隷が増えて困る」
やはりこのベッカムは、人間至上主義の様だ。
というより父親がと言った方が良いか。奴隷解放宣言は俺達が産まれるよりも前の話で、ごく最近に起こったわけじゃない。だと言うのにこの苛立ち様は、奴隷解放宣言に反対的だった親の話を直に聞き、その思想が乗り移ったのだろう。
俺が怒りを向けるべきなのはここじゃないと分かっているので、黙ってその場を去ろうとした。
しかし、ベッカムは舌打ちをした後、大きな声で言った。
「どうせお前の母親も身体を使って擦り寄る淫売だったんだろ? 俺もお相手して欲しいぐらいだぜ」
プツンと何かが切れる音がした。
俺はベッカムの胸倉を掴み上げ、声を荒げる。
「訂正しろ! 俺の母さんは淫売なんかじゃない!」
「へ、へへっ。野蛮な血の本性が現れたな……」
ハッとする。
周囲を見渡せば教室中の人間が俺達に注目していた。
その顔に浮かぶのは恐怖の感情。
普通なら生徒同士の喧嘩だが、俺達亜人が拳を振り上げるとそれは暴力だと思われてしまう。
例え、相手の方が悪くても、拳を振り上げた時点で俺達亜人は負けなのだ。
「お前はここにいちゃいけないんだよォ!」
これがベッカムの目的だったのか、彼は満足そうに高笑いを上げた。
簡単に激情してしまった事を後悔する。
どうする? どうすればいい? どうすれば俺は――――。
思考がごちゃごちゃになり、身体が固まって動けずにいると、この教室にいるはずの無い男の声が聞こえた。
「ねえ、君。ちょっといい?」
「あ? 何だよ、俺様はブヘラァッ!?」
強烈な殴打だった。
鞭で叩いた様な音が響き、ベッカムは綺麗に並んだ机を吹き飛ばしながら転がって行った。
「アレックス、先輩……?」
その殴打を放ったのは、塵を見る様な冷たい視線をベッカムに向ける、ルームメイトのアレックス先輩だった。
脳を揺らす一撃だった様子で、ベッカムは完全に気を失っていた。
「アレックス一等兵。何事ですか?」
騒動が終わった後、教室の扉が開き、一人の紳士が入って来た。
皆が姿勢を正し、敬礼する。
状況説明をしたのはアレックスだった。
「ジェレミー教官。この訓練兵が人種差別的な発言、及び校則違反をしていたために私が処罰した所存です」
「……なるほど」
説明を受けたジェレミー教官は周囲を見渡し、大方の状況を把握した様に頷いた。
「ひとまずこの場にいる全員から事情を聞きます。アレックス一等兵、リュート訓練兵はこちらに。その他の皆さんも着席して待機して下さい」
ジェレミー教官に連れられて別室にて俺とアレックス先輩は事情聴取を受けた。
事実を解放し終えると解放された。寮の部屋に戻るまで沈黙が続き、二人きりになってからようやく言葉を振り絞る事が出来た。
「ありがとうございました。けど、俺なんかのせいでアレックス先輩が……」
「そんな事気にしないの!」
ぱしっと、優しく肩を叩かれた。
「僕も人間至上主義者は嫌いなんだ! あのビンタだって僕が苛付いたからやったんだよ!」
もっと強くやれば良かった、とアレックスは両手を合わせて悔しがった。
仮にも人間一人を吹き飛ばしたんだから、あれよりも強くやったらベッカムが死んでしまうよ。
「僕はリュート君の味方だから! 何かあったら僕を呼ぶんだよ!」
「っ、はは。ありがとうございます!」
ああ、本当にアレックス先輩がルームメイトで良かった。
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