第三話 教室とジェレミー教官
初めての寮生活は良心的なアレックス先輩が同室だった事もあり、ぐっすり眠る事が出来た。
次の日には入学式が滞りなく行われた。総勢136名。士官学校としては少ない様に見えるが、貴族の子息や富裕層向けの学校なので生徒数が少ないのも仕方が無い事だ。
一年生は五つのクラスに割り振られ、俺は第一教室だ。
窓際の一番後ろの席に着くと、やはりと言うべきか俺の周りは避けられていた。
露骨とも思える態度だが、彼らの大半は人間至上主義を産まれた時から叩き込まれている、いわば前時代の被害者だ。そう思えばこの扱いにも耐える事が出来るし、アレックス先輩の様な人がいると俺は信じている。
誰からも話しかけられず、数分が経つと教室の前側の扉が勢いよく開かれた。俺達は一斉に立ち上がり、姿勢を正す。
「諸君、おはよう。座りたまえ」
「「「おはようございます! 失礼します!」」」
軍に将兵を育てる士官学校には厳しい上下関係が教えられる。
教官は明確な目上であるため、俺達はハキハキと発言し、命令に従い席に座った。
「私は元帝国軍少将ジェレミー・カストロ・フレディである。今後三年間、君達の教官をする事になる。よろしく頼むよ」
ジェレミー教官はぱっと見では細身の紳士だった。白い髭を蓄え、丸眼鏡の奥には鋭い眼が睨みを効かせる。しかし背筋は一本、芯が通っている様に真っすぐだ。達人は歩く姿だけで分かると言うが、彼は間違いなく達人の類だろう。
なによりも元帝国軍少将という階級は、持っているだけで信用に値する。
そもそも帝国軍にある階級は上から数えて十三段階。
元帥
将軍
中将
少将
大佐
中佐
少佐
大尉
中尉
少尉
一等兵
二等兵
訓練兵
上に行けば行くほど、昇進が難しく、同時に実績が求められる。
少将ともなれば、どれほどの実績があるのか計り知れない。
そんな人物が自分達の教官であるなら、きっと素晴らしい指導をしてくれるに違いない。この教室にいる面子は誰もがそう思っていた。
「ではまずは自己紹介をしなさい。三年間、苦境や地獄を共にする仲です、名前や今後の目標などを知るにはいい機会でしょう」
ジェレミー教官の言葉で、自己紹介が始まった。
順番は前列からなので必然的に俺が最後になる。
どうやら出身地と名前、さらに今後の目標を言う流れになっている。
まあジェレミー教官が「名前や今後の目標」と予め喋る内容を指定していたので、護るのは当然か。順番が回って来たので俺は立ち上がり、堂々と胸を張って発言する。
「リスト子爵領から来ました、リュート・マイリヒト・リスト訓練兵です! 本学での最終目標は騎士爵を獲得する事なので、まずは闘技大会を目指して精進します! よろしくお願いします!」
拍手がぽつぽつと聞こえる。
まあ無いよりはマシか。
「……よろしい。では皆さん、一学年での訓練内容ですが――――」
あからさまな態度に一瞬、ジェレミー教官は眉をひそめたがすぐに元の話に軌道を修正した。
恐らくジェレミー教官は俺のためを思って行動してくれたのだろう。
上官の命令は絶対であり、尚且つ教官であるジェレミーが「差別はやめろ」と言えば、確かにやめるだろう。
だがそれは、真の意味で「差別が無くなった」わけでは無い。「見えなくした」だけなのだ。水面下では陰口が叩かれ、教室中の雰囲気が変わり、腫物の様に扱われる。
ただ言葉にしないだけで、それは差別と変わりないのだ。
本当に差別を辞めさせたいなら、彼らの思想を塗り替えなければ差別は永遠に無くならない。
俺はこの士官学校で学ぶ三年間で、必ず彼らの見方を変えて見せる。
それがさっき言わなかった、士官学校でのもう一つの目標だ。
作者の励みになるので「面白かった」「続きが読みたい」などと思ってくれた方は高評価やブックマーク、感想などを是非よろしくお願いします。