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第二十一話 晩餐会

「…………どこ?」


 朦朧とする意識の中、自分がベッドの上で横になっている事が分かった。いつも眠っているベッドよりも肌触りが良い。


 寮じゃないのか?


 どこにいるんだ?


 考えていた言葉がそのまま自然と声に出ていた。


 寝惚けた声だ。徐々に意識が覚醒して来て、閉じていた目を開けると、そこは寮の部屋や実家の屋敷とも違う、より高級な天蓋付きのベッドだった。何か香水の匂いがするなぁ、と暢気な事を考えていると「リュート君!?」と、視界にアレックス先輩が現れた。


「良かった、良かったよ~!」


 そのまま泣きそうな顔で抱き着かれた。


 ああ、そうか。俺はずっと看病して貰っていたのか。


 寝起きのせいかバキバキと鳴る首を動かして、部屋の様子を見る事が出来た。


 やはりどう考えて見覚えが無い豪華な装飾で彩られた部屋だ。設置された家具の一つ一つが名工の手によって造られたと分かる、超高級品の数々だ。これ程の部屋を用意できる貴族なんて限られて来るはずだが……。


「ここは皇城の客室だよ。皇帝陛下がリュート君をここに運べって命令したんだって」


 皇城か、通りで。一度も来た事が無いんだから、見覚えがあるはずないか。


 何となく起き上がりたくなり、俺は重たい身体を動かした。


「大丈夫? 起きられる? 無理しないでね」

「はは。過保護ですね」


 やはり身体が思う様に動かない。


 アレックス先輩が大袈裟に俺の背を支えて、上体を起こしてくれた。


「そりゃあそうだよ! だってリュート君、三日も起きなかったんだから!」


 ……え?


「そ、それじゃあ大会はどうなったんですか!? 騎士爵は? アレックス先輩は優勝出来たんですか!?」

「落ち着いて、一つずつ説明するから」

「むぐっ」


 手で喋るのを遮られてしまった。


 そうだ。冷静にならないと。


「まず、闘技大会は中止になったよ。あんな事があったんだから当然だけどね」

「そうですか……」

「そんな顔しないで。今回頑張った人には何かしら報奨が出るらしいし、僕も皇帝陛下を護ったから何かしら貰えるかもしれないし」


 でもアレックス先輩の目標は騎士爵だったじゃないですか。


 気丈にふるまっているけれど、一番辛いのはアレックス先輩なんだ。


 少し話題を変えよう。


「……ホワイトベティはどうなったんですか?」

「氷漬けになったままだね。あの中で生きてはいるらしいけど、どうやっても氷を壊せないんだ」 


 最後のアレか。


 言動をそのまま信じるなら、いつかホワイトベティは氷の中から出て来るのだろう。聖戦とやらが何かは知らないが、【マタンブラン】の目的の一つかもしれない。


「あっ! それと三日後に晩餐会があるから社交用の服を用意しないとね!」


「え?」


 え?





 四日後の夜。ちょうど闘技大会から一週間が経った日に、皇城で晩餐会が開かれた。招かれたのは【マタンブラン襲撃事件】に居合わせた有力者達、そして――――。


「えっと、これで大丈夫そう?」

「うん! 凄くかっこいいよ!」


 俺はアレックス先輩に、慣れない社交界用の服を見て貰った。


 昔から父様が招待された社交界の場に同伴者として誘われた事はあったが、半森人の俺が他の貴族達にどう思われるか分からなかった。


 貴族はプライドが高い。リスト子爵領の運営に影響が出れば、領民にも影響が出てしまう。それを恐れて社交界に出た事は今まで一度も無かった。


 だが今日は俺が主役と言っても過言では無い。


 正確にはマタンブラン襲撃の際に、撃退するのに一躍を担った俺やアレックス先輩、ヴィクター先輩やスタン先輩が主役の場だ。


 皇帝陛下に招待されたのに、欠席するなんてありえなかった。


 だがこの歳になって社交界デビューするとは思っていなかったので、かなり緊張していた。


「大丈夫だよ。僕も一緒に回ろうと思ってるし、何かあれば僕がリュート君をフォローするから!」

「それじゃあ、よろしくお願いします」


 情けない。本来なら男の俺がエスコートするべきなのに。


 俺はアレックス先輩と共にメイドに案内され、晩餐会の会場に来た。


「最近は領地で作物があまり取れず――――」

「こういった商品なのですが、ぜひ――――」

「いやあ、初めて闘技大会を観戦しましたが中々――――」


 晩餐会が始まるニ十分前だというのに、会場にはかなりの数の貴族や商人たちが集まっていて、テーブルの近くで談笑していた。


 立食形式の様だ。


 見れば、ヴィクター先輩やスタン先輩も様々な人と談笑していた。


「基本的に僕達は爵位を持っていないから、自分から話しかけるのは失礼にあたるからね。相手から話しかけてくれるまで、何か食べていようか」


 アレックス先輩に手を引かれ、あまり人がいないテーブルに向かった。


 好き嫌いがある人のために、多種多様な料理が並べられていた。


 お米もあるかと思ったが、あれはあまりパーティ向けでは無いからな。代わりにお汁粉という汁物があった。


 まだ安静にしてないと。と言われアレックス先輩に器によそって貰った。これじゃ介護されているみたいだ。


 スープの色は紫っぽい見た目だ。所々にあまり見たい豆が浮かんでいて、白い球体――――餅――――もあった。見ただけでは食べる事に中途するが、甘い香り漂って来る。


 一口、啜ってみると口の中に甘味が広まった。


「美味しいですね」

「そうでしょ? 僕も大好きなんだっ」


 餅も食べてみたが、中々噛み千切れない程に弾力がある。しかし味は抜群で、そのまま一気に食べてしまった。


 このお汁粉も米や味噌汁と同じ様に、王族でしかあまり食べられない食材らしい。


「おかわり貰おうかな」

「あっ、じゃあ僕がやるよ」

「何か、子供扱いされてる気分……」

「実際僕より年下だしね」


 くっ、事実だから言い返せない。


 と二人で話していると、誰かが近付いて来て声を掛けられた。


「いやはや、仲睦まじくて羨ましい限りですな」

「ハハ……」

「ありがとうございます……」


 これが皮肉だと分からない程、俺達は純粋な人生を歩んではいない。


 俺も薄ら覚えだが、闘技場でアレックス先輩にキスされたのだ。


 それを目撃した人がいて、あっという間に帝都中に広まってしまった。


 どうせいつかはバレる事だし俺は気にしていなかったんだが、アレックス先輩はかなり気にしていて、凄く謝られた。


 だが俺は恋人といるだけだ。何も恐れる事は無い。


「おっと、名乗るのが遅くなってしまいましたな。私はデブン・ゲロッツ・ドイーツ男爵です。お二人の活躍は観客席から見ていましたよ」


 名前を聞いた事があるな。


 確か、北の方に小さな領地を持っていて、商才を発揮して北の国々から珍しい食材などを流通している有力貴族だ。


 こういう頭が回るタイプの貴族は何を考えているか読めないので要注意だ。


「僕はアレックス・ティナ・オーティスであります」

「リュート・マイリヒト・リストです」


 とりあえずアレックス先輩に習って自己紹介をしておく。


「それにしてもそういった趣味では大変でしょう、子も宿せないとは」

「っ」


 デブン男爵の言葉に、アレックス先輩が一瞬、顔を歪めた。


 こういう奴が出て来る事は分かっていた。


 どうやら「男色」という話が広まっているらしい。


 だが誰にどう思われようとも、所詮は他人だ。知った事じゃない。


 元々、色々と言われる事は覚悟していたし、アレックス先輩と一緒にいられるならどんな嘲りだって受け入れよう。


 ……でも、アレックス先輩が悲しそうな顔をさせる事は許せない。


「御心配ありがとうございます。ですが、俺が愛した人が偶然男性だっただけです。その事に後悔はありませんよ」


 少し怒気を孕ませた口調で言い返した。


「っ、そうですか。お二人が今後もお幸せである様に、願っております。それでは」


 爵位も持たない子供に言い返されたのが気に障ったのだろう。


 デブン男爵は一瞬眉を歪め、ワイングラスを片手に他のテーブルに移動して行った。


 発言はともかく商才はある男だ。将来的に俺が領地を持つ事を考えると繋がりを持っておきたかったが、話してみてその考えも変わった。


 半森人だからと見下して、ああいう発言をする人間と関わりは持ちたくない。


「少しお話してもよろしいですかな?」


 そう言って俺とアレックス先輩に、一人の老人が話しかけて来た。


「教会では大司教という、身分不相応な役職を頂いています。フォルスと申します」


 社交界の場で神衣を纏い、祈杖を持っている。


 これは決してマナー知らずというワケでは無く、教会の人間にとって神衣こそが礼服でもあり、最高の衣類なのだ。


「ふむ。ふむ。……お二人とも、良き心を持っておられますな」


 噂に聞いたが、大司教になるとその眼で魂の色が分かるとかなんとか。


 どうやら俺とアレックス先輩は認められたらしい。


「あの、大司教様。失礼でなければ、一つご質問があるのですが」

「勿論、聞きましょう」

「闘技大会で救護室にいたシスターのシスティーナにお礼を言いたいのですが……」

「なるほど。申し訳ありませんが、彼女は修行があるため一足先に本国に帰してしまったのです。伝言があれば私が伝えますが」


 教会の本国となると、神聖国テスナか。


 この帝国がある大陸より西に渡った大陸にある国だ。かなり遠いし、一週間も経っていれば海の上か。


「それでは「あの時はありがとう。君のおかげで助かりました」とお伝え下さい」

「確かにシスティーナに伝えましょう」


 大司祭は約束を違えない。


 俺の言葉は必ずシスティーナに伝わるだろう。


「さて。私はもう行きましょう。噂のお二人と話す事も出来ましたからな」


 そう言ったフォルス大司祭が立ち去ろうとすると、「ああ、そうだ」と足を止めて振り返った。


「お二人に女神テスナの祝福があらん事を」


 そう言って、にこりと笑ってフォルス大司祭は去って行った。


「「ッ!」」


 教会が信仰する女神テスナは恋愛を司っている。


 そして今、フォルス大司祭が女神テスナの名に置いて、俺とアレックス先輩の仲を認めたという事。


 これは何人であっても二人の仲を邪魔する事なかれ、邪魔した者には女神の鉄槌が下るであろう。という意味が込められているのだ。


「「ありがとうございました!」」


 俺とアレックス先輩はしばらくの間、頭を下げ続けるのだった。


 このフォルス大司祭の言葉によって、嫌な視線を向けられる事はあっても直接妨害される事は生涯無かった。


 俺とアレックス先輩はフォルス大司祭が無くなってからも、ずっと彼に感謝し続けるのだった。


あと二話で一章は完結します。

でも第二章までの間に間話をいくつか挟もうかな……。


襲撃の件で皇族が外出するのには問題があるから、クリスと一対一でデートするのは難しいけど、アレックスは卒業後は軍じゃなくて騎士団に所属する事になるので、リュートが二年生になってからならアレックスも加えてダブルデートあるかも。


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