第十九話 ホワイトベティ
一言で言えば、俺に勝機なんて無かった。
「ぐぁ……っ!」
「アハッ? ねえ、もう終わり~?」
俺の足を氷の剣で貫いたホワイトベティは狂笑を浮かべた。
魔力回復薬のおかげで魔力は回復したが、ベルウェスト兄様との闘いで負った傷は一切癒えていない。
度重なる連戦により、精神的にも肉体的にも疲労が溜まり切っていた。
ホワイトベティが強すぎるんだ。
下手をすればベルウェスト兄様よりも、ずっと。
だが倒す手段はある。複合魔法だ。
高火力で一気に決めたい。
「何で、お前は接近戦ばかりで攻めて来るんだ?」
「ん~っ? ウチはねぇ、遠距離って嫌いなんだよね~」
何とか立ち上がった俺は、ホワイトベティに質問してみた。
時間を稼ぎたいから喋りかけてみたが、簡単に答えてくれたので助かった。
「だってね? だってね? だってネ? 肉を切り裂く感触が分からないじゃんか~?」
狂人的な、歪んだ笑みを浮かべるホワイトベティを見て、背筋に冷たい汗が流れた。
本当の悪とは、ここまで狂っているのか。
こいつを野放しにしちゃいけない。
全ての魔力を注ぎ終わった事を確認して、俺は放った。
「“複合魔法 疑似噴火”!」
「キャアアアアアアア!!」
ベルウェスト兄様の時よりも、はるかに威力は高い。
ホワイトベティが如何に化け物でも、直撃して浴び続ければ倒れるはずだ。
そう思っていたのに……。
「なァ~んちゃって~! 死んだと思った? 思ったでしょ?」
二十秒にも及ぶ噴火が終わり、中から現れたのは無傷のホワイトベティだった。
「“氷衣”って言ってね~、ウチの魔力が尽きない限り、内側から冷気を発してウチを護ってくれるんだ~!」
「なん、だよ……それ。反則じゃねえか……」
そして俺は脱力感を感じながら、膝から崩れ落ちた。
何とか膝で立ってはいるが、もう意識が定かでは無い。
当たり前か。魔力を使い果たしたんだ、当然魔力切れを起こす。
もう倒れそうだ、そう思った瞬間、小さな足音が聞こえて来た。
地面に倒れるよりも先に誰かが俺と地面の間に割り込んだ。
「ハァハァ……、リュートさん! しっかりして下さい!」
「……き、みは」
「システィーナです!」
しすてぃーな?
ああ、そうだ。俺の治療をしてくれた、幼いシスターさん……。
「もうだいじょうぶですよ」
そして、システィーナは笑った。
その言葉を聞き入れて、俺は安心しきって目を閉じた。
「邪魔なんだよ!」
「痛ッ……!」
悲痛な悲鳴が聞こえた。
ゆっくりと目を開くと、さっきは無かった額の傷から血が流れ出ている。
「それは……」
「だいじょうぶ、ですよっ」
微かに震えながら。
霞む意識で、その張りぼての笑顔を浮かべている幼女を、確かに見た。
「痛ッ……、く……ない!」
飛来した氷の欠片がクリスティーナを襲ったが、今度は唇を噛み締めて悲鳴を耐えきった。
駄目だ、逃げろ。そう口にしたくても、もう言葉すら出せなくなっていた。
死なせたくない。
「“エクストラヒール”!」
そして俺は、聖なる光に包まれた。
全身に活力が蘇る。魔力が溢れて来る。
指先、動く。足、感じる。魔力、ある。
「なんか良くわからないけど~、死んじまえよォ!」
「“炎壁”」
ホワイトベティが投げた
「あらら~ァ? 復活しちゃったの~?」
俺は全快した身体で、力を使い果たして倒れたシスティーナをそっと抱き上げた。
「りゅ、と……さん……」
「ありがとう。休んで大丈夫だよ」
そう告げると、システィーナは安心した表情で眠りに付いた。
風魔法で小さな身体をふわりと浮かせ、刺客がいない観客席にまで運んだ。近くにジェレミー教官が逃げ遅れを探していたので、すぐに見つけて避難させてくれるだろう。
「さて」
思い出すのはクリスティーナの悲鳴と、痛みを我慢しながら必死に造った笑顔だった。
あんな子供に攻撃をして置いて、なんだその笑みは。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな!
改めて深蒼剣を拾い、昂る魔力を抑えながらホワイトベティと対峙した。
腹の底から湧き出る、静かだが轟轟と沸き出る溶岩の様な、この感情は……。
「――――悪いけど、手加減は出来ないからな」
これはきっと、憤怒だ。
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